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父の作った忘れられないもの 第2章

1 :もぐもぐ名無しさん:02/05/07 02:24
前スレはこちら
父の作った忘れられないもの
http://natto.2ch.net/test/read.cgi/food/1003257996

(´д`)パパ…

2 :もぐもぐ名無しさん:02/05/07 02:25
2!


3 :もぐもぐ名無しさん:02/05/07 02:45
新スレおめー。3げっと。

4 :もぐもぐ名無しさん:02/05/07 02:52
魚をさばくのは父の仕事です。
井戸端に座り込み、でっかいハマチやカツオや鯛をさばいてる
父の姿は、ちょっとかっこいい。
GWに帰ることが出来なかったから夏はがんばって帰省して
カツオのたたきを作ってもらおうっと♪

5 :もぐもぐ名無しさん:02/05/08 02:38
母がしばらく留守をするときは、メニューを考えて、冷蔵庫にいろいろ用意していった。
ステーキ用の肉があったり、鶏肉があったり。

うちはステーキなんか食わせてもらえないから、その時だけの贅沢だと思って、子供心にちょっと楽しみだった。
父は、それらの肉を全部刻んで、ジンギスカン用の肉と一緒に焼き肉にしてしまった。
ちょっと悲しかった。
そんな料理の出来ない父だったけど、最近は少しずつ料理を覚えてきたようだ。

6 :もぐもぐ名無しさん:02/05/08 04:34
小学校の頃、母が病気で入院してるときに遠足があって、
幼心に弟と、明日のお弁当・・・と心配してたら
次の日の朝、父が巨大なタッパを渡してくれた。お弁当箱が
どこにあるのか、もちろん知る由もないのでしょうがなかったけど
だいたい10cmx18cmx8cmはあった。私9歳、弟7歳のころ。
開けてみたら、これまたびっちりと親子丼が入ってた!!!
とにかく重いし、帰りのことも考えて無理して食べた。でも
お母さんの親子丼よりはおいしかったな。あれきり作ってくれないけど。

7 :もぐもぐ名無しさん:02/05/08 04:49
小さい頃よく釣りに連れていってくれた。
お腹がすいてくると、どこからか持ってきた生きたホタテを
あみの上で焼いて醤油をたらして食べさせてくれた。
自分で食わないで、ひたすら焼いてさ。

この前、父親の誕生日だったんだけど
恥ずかしいので母親に『お疲れさまって伝えて』ってメールしたんだよ。
はじめて。
そしたら『うん、うん。って言ってたよ。』って返事がきた。

あー、また一緒に釣りいきてぇ。



8 :もぐもぐ名無しさん:02/05/08 07:33
前スレで特に「感動した(泣いた)」っての三つくらいキボンヌ。


9 :もぐもぐ名無しさん:02/05/08 09:46
>8
自分で読んで決めましょう。

10 :もぐもぐ名無しさん:02/05/08 14:40
http://members.tripod.co.jp/hiroshu29/index.html

ここ見に行くよろし

11 :もぐもぐ名無しさん:02/05/08 15:49
>>9に禿胴
とてもじゃないが3つじゃ済まんw

12 :もぐもぐ名無しさん:02/05/08 17:04
>>9
頑張る。
>>11
じゃ、自分が一番「キタ!」というのを教えておくれ。

13 :もぐもぐ名無しさん:02/05/08 17:17
しいたけ入カレー(゚д゚;)

14 :11:02/05/08 17:19
黄緑色のカレーw

15 :もぐもぐ名無しさん:02/05/08 19:45
>>11
…一番前スレで「感動した!」ってのを、頼む。
今頑張って読んでる。読むのおそいから大変。

16 :もぐもぐ名無しさん:02/05/08 23:06
11じゃないけど、感動したのでのせとく
前スレ187より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
スレとあまり関係無いかもしれません。
でも書きたいことがあったので・・・。


俺は逆に親父がいなくて、そのかわりに祖父が父親のようになって育ちました。
一人っ子の上それなりに厳格な家庭で、躾は厳しくされたし
「誉めてもらった」という記憶もありません。
だから反抗ばかりして、孝行しよう、なんてカケラも思っていなかったんです。

…でも、それの代償は重すぎて。

俺が中学生の時、
祖父は仕事中に脳梗塞で倒れ、数日間生死の境をさ迷いました。
どうにか容態は安定したものの、いつ急変してもおかしくない状態。
言語障害、半身不髄、それに低度のアルツハイマーも重なり、
仕事はおろか趣味のパチンコや酒なども永久に不可能。
俺は本当に不器用らしく、そうなってから
どれだけ愛されていたかを知ったんです。
いえ、知っていたのに見ようとしなかっただけなんでしょうね。
俺が釣った魚を上手にさばく姿。
それで作ってくれた焼き魚は、本当に美味しかったです。
トラクターやスノーモービルの乗り方を教えてくれた、広くてあったかい背中。
俺以外の家族全員働き詰めで、晩飯を作るのは殆ど俺。
その俺の対して上手くもない料理を、
本当に美味しそうにほおばってくれた祖父の顔。

その面影は、もう有りませんでした。

そんな祖父を見て、俺は泣きました。
みんなの見ている前で。
恥も外見も無く。
そうすることで、少しでも償いになるんじゃないか、などと
馬鹿げた考えを持ちながら。
意識が戻ったのは、その数日後でした。
祖父は俺の顔を見て、上手く動かない口を懸命に動かして言いました。
「あ、りが、とう・・・」
祖父が泣いているところを、はじめて見ました。
俺はただ、手を握ってやることしか出来ず。
それから残ったわずかの時間を看病に使って、俺の孝行は終わりました。


どうしてなんでしょうね?無くしてから気付くのは。
なにも返していないのに、ぽつんと残された俺の思いは、
何処へやれば良いんでしょう?
一緒に酒を飲みたかった。
昔の行いを詫びたかった。
温泉に釣れていってあげたかった。


じいちゃん・・・。
−−−−−−−−−−−−−−−−

スレのタイトルとはずれてるけど、泣けた。


17 :もぐもぐ名無しさん:02/05/08 23:10
たしかに・・・。

18 :もぐもぐ名無しさん:02/05/08 23:11
その辺の沼で捕まえてきたザリガニをゆでたものを食えといわれた。
鬱だ。

19 :もぐもぐ名無しさん:02/05/09 21:38
前スレの1貼っておきます

自分は父子家庭だったんだけど、父ちゃんに育てられた人で、忘れられない食べ物ある人いますか?

今はもう親父はいないけど、運動会の時作ってくれた、大きなグローブみたいな
おにぎりが忘れれない。
新聞紙で包んで、おかずは前の晩から作ってくれた昆布の煮物とかだった。
俺はジャングルジムの上で一人、その大きなおにぎりをほおばってた。
すげぇ美味かった。


20 :もぐもぐ名無しさん:02/05/10 10:08
父親参観日の時、一緒にコアラの親子の粘土細工を作りました。
私はそこそこに上手く子コアラを作りあげたのですが、父が作りあげたソレは…
どう見てもコアラに見えませんでした。
ネコ!?異世界の生き物??みたいな感じで。(^^;)
そんな父も間もなく定年退職。老後の楽しみにと、最近水彩画を始めました。
相変わらず下手っぴです。でもそこがまたらしくて…。

21 :20:02/05/10 10:09
あ。ココ食べ物スレだった。すんませ。

22 :もぐもぐ名無しさん:02/05/11 09:30
>20>21
ワラタ。



23 :もぐもぐ名無しさん:02/05/11 09:42
ちょっと違うんだけど、
このスレが出来た頃、去年の秋頃、どこかで見かけた話なんだけど、
父子家庭のお父ちゃんが、運動会だっていうのに、自分が料理苦手で、弁当持参のたびにいつも子供に恥ずかしい想いをさせてて
また明日運動会だけど、どうしようかって飲み屋で悩んでいたら
その飲み屋の常連のすご腕の料理人達が、
超豪華なお弁当を作ってきたっていう話。

なんだかよく覚えてないんだけど、妙に感動したのを覚えている。
確か涙あり、笑いありのエピソードだったような・・・。
誰か読んで覚えてる人いませんか?


24 :もぐもぐ名無しさん:02/05/11 10:30
〉20.21同じくワラタ。けどなんか優しい気持ちになったよ。

25 :ニモ:02/05/11 13:39
母親がいない時に父親が作ってくれた味噌煮込みうどん。最高だった。
適当に作ったんだろうけど、美味かった。「美味いだろ?もっと食えよ」って
腹一杯になって食えなくなった時に言ってきたから断わったら不味いと思ってると
思われるからもう少し頑張って食べた。
今、俺は一人で住んでるから、あの時のただ親と一緒にいた時の事だけで
「幸せな時間だったんだなぁ」って思い出す。っていうか、今、少し泣いてる。

26 :もぐもぐ名無しさん:02/05/11 14:26
>23
覚えてるよ。前スレかな?関連スレかな?場所は忘れたけど。

27 :ニモ:02/05/11 15:14
>>23
器用なお父さんは言う事ないけど、不器用なお父さんもまたいいんだよね。
その書き込みだけで感動した。

28 :かおりん祭り ◆KAORinK6 :02/05/11 15:23
       ∋oノハヽo∈  新スレおめでとうございまーす♪
         ( ^▽^)  O *
     ☆  (U   ,,)つ/   ☆
   ___*/______
   |'\\\O\\\\\\\
   \  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄i
      ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


29 :もぐもぐ名無しさん:02/05/11 21:23
国鉄分割民営化の時のゴタゴタがきっかけで国鉄職員だった父と母が離婚しました。
それ以来もう16年も父親に会っていません。
調理師免許を持っていた父がいろんな料理を作ってくれた記憶だけはありますが、
今は父親に叱られた時に泣きながら食べたチキンライスしか思い出せません。
ケチャップ味の淡いオレンジ色のご飯に涙をポタポタこぼしながら食べました。
もう社会人なので、その気になれば父親に会いに行けるはずだけど、
僕の中では父親は35歳のままなので、50歳を過ぎて老いたであろう
父親の姿を見るのが怖くて連絡も取らないままです。
赤ちゃんの頃の僕を抱っこする父親の写真を見ると、今の僕ととても似ています。

30 :ニモ:02/05/11 21:48
>>29
言葉は悪いですが、父親と「会えなくなる前」に会った方がいいですよ!絶対!
ダメな父親ならどうでもいいですが。お互い探しても会えない親子だっているんですから。
貴方がこのレスを読んでる今だって父親は貴方に会いたいと思ってるやも知れませんよ!

31 :もぐもぐ名無しさん:02/05/11 22:04
うん。
絶対に会いに行った方が良いよ!
父の日も近い事だし。


32 :もぐもぐ名無しさん:02/05/11 22:09
砂糖水。


33 :もぐもぐ名無しさん:02/05/11 22:54
>>32
シチュエーション激しくきぼんぬ

34 :32:02/05/12 07:02
お風呂上がり。


35 :20:02/05/12 17:46
うちの父、もうそれはそれは鍋好きで、我家では春になろうが夏だろうが
1年中頻繁に鍋が食卓を飾ります。家族中が『今日は暑いから鍋はやだ!』と
抗議しても、彼の意志は堅く、自らが包丁を奮う結果となります。
デカすぎる白菜、ちょっと分厚いニンジン等などを一人用鍋で満足げに食べるその姿は、
何だか微笑ましい感じです。

36 :もぐもぐ名無しさん:02/05/13 00:39
>>29
私も父と別れて20年になりました。父の住んでいるところは知っていて、
でも今の自分に背負える問題ではない、だから1人前になったら会いに行こう、
そう思っていました。
その父は、今年2月に亡くなりました。いわゆる孤独死というやつです。
せっかちでカッコつけの親父だったし、結局あんまり親らしいことも
してもらえなかったのかもしれないけど、ずっと好きでした。
晩年はあまり良い生活をしていなかったのでしょう。カッコつけだから、
そんな状態になっても黙っていたのかもしれません。
でも、せっかちだからって、そんなに急いで逝くなよ。
今までそれなりに頑張ってこれたのも、親父にいつか会うつもりだった
からなのに。

つい先日100か日を終えました。
あんまり宗教には興味ないけど、坊さんが言っていました。
「亡き人を供養するのは、何も仏さんに手を合わすだけじゃない。
亡くなったお父さんの血をひくあなた自身を大事にすることも、
立派な供養です。」

結局頑張り続けなければならないのか。
でも、それが自分の生きる力になるのなら、それでもいいのかも、と思う。
親の死って、子供に対する最後の贈り物だと思う。
これを乗り越える力を、自力で養いなさい、という。

どうあっても、何をやっても後悔はするもんだろうけど、
予め考えられる後悔は、それが現実になるまで残すもんじゃないよ。
会えるんなら、会ったほうがいいよ。
俺なんか、20年ぶりの親父、棺桶の中だぜ。

ぐちゃぐちゃにかき回して作った焼きそば、まるでもんじゃだったけど、
どんな味だったかまでは覚えていない。
もう、それを知る術もない。

結局俺もカッコつけてて会えなかったんだろう。
あなたも、どこかに遠慮という名の体裁があるんなら、その後味わうかも
しれない後悔の大きさを考えたほうがいい。
やさしいあなただからこそ、きっと後悔はより大きくのしかかってくるよ。

大きなお世話、かつ長文にて失礼しました。

37 :もぐもぐ名無しさん:02/05/13 00:43
カレー作ってくれた。

ジャガイモなかったからサツマイモ入れてくれた。

まずかった、けど我慢して食べた。今でも覚えてる

38 :ニモ:02/05/13 01:43
>>36
泣けた

39 :ばぁ:02/05/14 01:15
同じく、ごもっとも。

40 :もぐもぐ名無しさん:02/05/14 02:29
むかし、よく一緒に山登りした。
お昼にはおむすび系のお弁当と、スープがわりのインスタントラーメン。
バーナーとか持っていって。山頂でつくるラーメンはうまかったなあ。
父はかならず、麺を四つに割って作るのです。
山の上以外では、お湯すら沸かさないひとなんだけどね。

41 :ばぁ:02/05/14 11:55
自分も親で中年なんだけど、家族に見せるふと困ったときのお父さんとか
不器用を自覚していて素直で正直、そんな親父には惹かれる。
人の旦那、自分の夫にかぎらず。
子供と一緒に山登りしたいと思う親父はいぃとうちゃんに決まってるがな!
って、当たり前だけどな。
親父を孤独にしとくとねぇ、ダメになるね、間違いない。
ほんとに無力を自分で噛み締めていると思うんだ。
かァちゃんに見捨てられた親父でも、うっとうしい親父でも
たまには声かけてね。それだけでいいよ。
忘れられていないと思い返せれば、元気がでるらしいから。
親父ってせつないね。
妻であるあたしが言うのもなんだけどな。
ついいらいらして日頃から雑に扱ってごめんよ。


42 :もぐもぐ名無しさん:02/05/14 15:42
俺の父は料理が好きだったんだけど、母は台所を触られるのを嫌がるので、
父も俺も弟も、月に一回ぐらいしか料理を作る機会が無かった。
そんな父が作ってくれたのが、鶏モツとタマネギの炒め物。
鶏モツを丹念に水にさらしてタマネギと炒めて、醤油で味付け。
タマネギのせいか、不思議と甘くてご飯が進む料理。俺がモツを好きになった原因。

俺が成長して会社の寮に入る時、父は「お前の部屋に住む。家庭内別居するから。」と言った。
俺が高校の頃には母への愛情は無くなっていて、離婚したかったのだけど、
「子供が社会に出るまで」とガマンしているうちに、タイミングを逸したらしい。
そしてうすら寒い家庭が出来上がった。俺も弟も「かすがい」にはなれなかった。

今は、年に数えるほどしか実家に顔を出せなくて、食事(と言うか酒)も外でしかやらなくなった。
夫婦が揃っての食事を見た記憶は薄れ始めている。
父の鶏モツ炒めを食べたいし、自分でも何か作ってあげたいのだが、
いろいろな意味で寒い台所で作った物は食べる気にならないらしくて、いつも外に連れ出される。
おそらく、もう一生、鶏モツ炒めは食べられないのかと思うと、鬱だ。

43 :もぐもぐ名無しさん:02/05/14 15:50
今、親元に居る人。
自分を成長させるのに一人暮らしは良いものだけど、可能ならば、
親御さんに顔を見せようと思った時に簡単に見せられるような近距離に住んだほうが良い。
俺はそう思った。

44 :もぐもぐ名無しさん:02/05/14 18:47
一緒に住めるうちに一緒に住むのも、親孝行のひとつかもね・・・

45 :もぐもぐ名無しさん:02/05/14 20:00
釣りに行き戦利品に得意満面で帰宅
さっそく魚をさばいて刺身にし家族感謝のはず が残りの大漁の魚の処理は妻に押し付け妻は釣りに行くたび不機嫌
週末はスーパーで買出し 庭でバーベキュー(値段を考えない)
テレビのグルメ番組を見ては 自分は食べたこと無いくせに再現したがる
家族は喜んでくれるはずと信じて料理する父 でも思春期の娘はダイエットだと迷惑顔
お父さんあの頃はごめんね 娘より

46 :もぐもぐ名無しさん:02/05/15 00:17
中学の初めての夏休み、祖父の初盆だった。
家族みんなで泊まりに行った。

妹たちはまだ小学生で、中1の私だけが、お盆が終わるとクラブ活動が始まる。
それが、大人になった気分でうれしかったのと、いつまでもみんなと遊んでい
られない寂しさもあった。
仕事が始まる父と、二人だけで帰ってきた。

クラブに行く朝。
当時学校の近くに店は無かったので、お昼はどうしようかと悩んだ。
食べなくてもいいと思って家を出ようとしたとき、父がハンカチの包みを渡し
てくれた。

お昼時間に、友達や先輩とお弁当を開けて、ビックリした。
父の手のサイズの、とても大きなおにぎりが二つ。
火であぶっていない海苔で母のおにぎりと違って見かけない色で、塩味もなく、
はっきり言ってマズイものだったけれど、食べながら泣いた。
みんなの前だと分っていたけれども。

そのころ父とはぶつかってばかりで、あまり会話が無かった。
帰ってきても礼を言うこともせず、それ以降も同じように会話は無かった。
私が中2の春に、父は急死した。
あのときに素直になっていればと今でも思う。

47 :ばぁ:02/05/15 01:23
いいおとうさんじゃないか。
気持ちはちゃんと伝わっているよ。
大丈夫だよ。
しかし、みんなえらいな。
わたしの両親は離婚して、父が再婚して、
父方で育ったわけだけど、
いい年こいていまだに親に対しては
許してない気持ちがあるから困ったもんだ。
というか、肉親ってかんじしないんだよね。
他人って思いの方が強い。
でも、ココの人たちの気持ちがわかりすぎて困っちゃう。
はて、なんでだろ。

48 :もぐもぐ名無しさん:02/05/15 01:30
>>47
簡単だよ。許してなくても、好きなんだよ。

49 :ばぁ:02/05/15 01:42
そ、そんなズバッといわれると、
ずきっとくるな。
痛いよ。

50 :もぐもぐ名無しさん:02/05/15 04:42
うちの父ちゃんが半年に1回気まぐれで作るカレー
どっかからでっかい鍋出してきて、
半日かけて煮込んで作ってる。
母ちゃんが作るカレーとは違ったうまさがあるんだよね。
その日から一週間ずっとカレー、
でも、俺はそのカレーが大好きだったから毎日嬉しかったよ。
今じゃ、あんま話す機会もないけど子供の時に色々した思い出は
いまもちゃんと残ってる。
ずっと、忘れないでとっときたいと思うよ。

本当にいいスレだね。ありがとう。

51 :ちんこ:02/05/15 10:43
俺の父親は俺が中1の時、女つくって出て行った。
親父が作ってくれたものの一つは女だが、
もう一つ作ってくれたのは2000万円の借金だった。
しかも置き土産として残していってくれた。

その借金は母が一人で抱え込んだ。
母はバカ息子2人をりっぱとはいえないまでも育てあげ、
数年前、すべての借金を返済しきった。
俺も含む2人のバカ息子は全く手を貸さなかったので、
誰の手も借りずに、20年ばかしかけてたった一人で返した。

母の人生はマイナスをゼロにするためにほとんど捧げられた。
家庭内は怒号と嗚咽の繰り返し、醜い口論ばかりだった。
俺が小学生の頃からずっと、口をあければ金の話だった。
母の人生を思うとき、それは華やかでも平凡でもなかったが、
悲しみに彩られた手ごたえのある人生だったのではないか、
最近少しだけそう思う。

最近は子供も手を離れたので、友達同士で国内旅行をしたりしている。
たまに手紙がくるけどあんま読んでない。
母親の事は昔から大嫌いだった。
でも働いて自活し始めて、生きることがどれだけ大変か知り、
母親がどれだけすごい人だったのか痛感した。
今でも嫌いだけど、同時にすごく尊敬してる。
昨日ちょっと遅くなったけど、宅配で花を贈った。

親父があんま出てこなくてごめんにぇ。



52 :ばぁ:02/05/15 12:20
ちんこのかぁちゃん、すっげー!
炎のかぁちゃんですな。
そんなひとが近くにいたら、圧倒されるな。
実際そういうたいへんな渦のなかでたくましく生き抜いている
女たちはたくさんいるんだろな(遠い目)

あんさぁ、ココのスレのはこんなこと申し上げにくいんだけどさ、
あんまし、子供に関心がない親父(母も)は確実にいるよね。
また、母親の場合、子供を自分の感情の掃き溜めにしちゃうのも。
自分の不幸を子供支えさせようとしてるやつ、例えば夫婦関係の愚痴
を子供にこぼしたり子宮ガンの検診の結果について自分はガンかもしれない
とかなんとか不安を話したりするようなこと。子供だってそれぞれ固有の
苦しさ不安をもってるわけでそこに親の苦しさの重荷を負わせてはいけない
と思う。夫婦関係で解決すべきことができず、ぐちゃぐちゃになっている
母親ってわたしのまわりにいるもんな。
ちんこ、(ってよびずれーじゃねーかW)せめて自分のこどもには余計な思い
させないでおこうな。
でもついつまんないこと子供にぶつけちゃうことある、げっ

53 :もぐもぐ名無しさん:02/05/15 16:04
>>52
前スレにもいろんな人がいたよ。感情の捌け口にされ続けていた人もいた。
でも、そんな親でも思い出を残していってくれてた。
前スレものぞいてごらん。本当にいろんな話があるよ。

54 :ばぁ:02/05/16 07:12
>>53
失礼しました。みんなの邪魔をしちゃったな。
これからもみてるよ。

55 :もぐもぐ名無しさん:02/05/16 11:15
>ってよびずれーじゃねーかW
warata
「ちんこのかぁちゃん」て言葉がなんかおもしれー

56 :もぐもぐ名無しさん:02/05/16 14:23
小学校の3年の時、学校から帰ると父がキッチンに立っていた。
前日まで海外出張に行っていた彼は
向こうで食べた『ライスプディング』なるものが忘れられず
手探りで作り始めたらしい。

父「ライスプディングは美味いぞ〜。美味〜い外国の料理だぞ。
お前らも食べたいか?」
私.弟「食べたい食べたい!ワ〜イ!」

私たちはワクワクしながら、見たことも聞いた事もない
外国の料理の出来上がりを待った。
が、数分後 皿に盛られたライスプディングを見て愕然とした。
砂糖と牛乳でご飯をドロドロに煮込んだ
見るからに不気味なシロモノ。味のほうはどうかというと
これがまた不味い。吐き気がする程不味い。

私「まずーい!やっぱりいらない!」 弟「僕もいらない!」

父は機関銃のごとく怒った。弟にだけ...
「R(私)は許してやる!でもK(弟)はダメだ!
男のくせに、自分から欲しがったものを残すとは何だ!男なら全部食えっ」

なんてことを言うんだこの人は。男でも女でも不味い物は不味い。
あんたこそ男なら責任とって全部食べたらどうなんだ。
私は「男は○○するべき。女は××であるべき。」
と言う考えは大嫌いだったし、そう言うことを言う人も軽蔑していた。
まさか自分の父がそういう人だとは思わなかった...本当に
失望した。父への反抗に、私は弟と一緒に「ライスプディング」を
全部食べた。ちなみに父は食べてない。
「パパは食べたいなんて言ってないだろ?」 ......

57 :もぐもぐ名無しさん:02/05/16 21:28
このスレ半年前にpart1が立った時からずっと見させてもらってたよ。
突然見なくなったけど思い出してまた見た。やっぱり泣ける。

俺は両親共に健在。祖父は小さい頃に死んだからどんな人なのか全く覚えていない。
興味は持ったがなんとなく訊くのが恥ずかしくて未だ訊けないでいる…。
祖母は健在だがこの間、白内障の手術で入院した。そろそろ退院してくる頃だ。
祖母が健在な内に訊いておこうか…。

来年から実家から遠く離れた寮に入るが、
長い休みがあったら実家に帰ってやろうと思った。
なんか家族紹介になっててスマソ。

実家は自営業で、工場を営んでいるのだが最近キツくなってきたのか、親父は仕事一筋。
そうでなくても、昔から親父が料理を作った所など見たことがなかった。
そんな親父がこの間作ってくれた豚の角煮。
恥ずかしくてさりげなく言ったが美味かったよ。
俺がたまに料理を家で作ると必ず「美味い」と言ってくれる親父。
俺のは親父の遺伝なのか、親父もさりげなく言う。

PCのスキルを叩き込んでくれたのは親父。今でもよくPC・ネットの話をする。
俺がたまにキツく言ったりしても滅多に怒らない。後になって罪悪感を感じる。
優しくて温厚な親父は一生健在だ、そう思いたい。

親父、今度は若い頃作ってたっていう手打ちうどん、作ってくれよな。

58 :57:02/05/16 21:57
× さりげなく言った
○ さりげなくしか言えなかった

59 :もぐもぐ名無しさん:02/05/16 22:02
お味噌汁。具は大根とほうれん草とじゃがいも。
別になんてことない物なんだけど、
私が中学生だった時に母親が病気で1ヶ月くらい入院してた時に作ってくれた。
最初は私が家事をやっていたんだけど、部活動とかテストとかで
もう家事をやるのが嫌になって放棄してしまったら父親がご飯作ってくれた。
後にも先にも父親が台所にたったのを見たのはこの時期だけ。
今思えばお父さんだって仕事忙しかったと思うんだけどね。
結婚して時々この具でお味噌汁作るとお父さんの優しさを思い出すのさ。

60 :もぐもぐ名無しさん:02/05/16 23:05
この前、教員住宅に単身してる父のところへ(自分が)羽休めに行った時、
冷蔵庫に直ぐ食べれるものが無いってんで、わざわざ父がスパゲッティを
作ってくれた。
茹で過ぎで、少し気持ち悪かった。
「ちょっとパス」と言って残しちまった。
なんか酷いことしたかな、と思いつつ父を見ると
父も残してた。                   ちゃんちゃん。

61 :もぐもぐ名無しさん:02/05/17 16:54
工房だけど、もう少ししたら就職する事になる。
食事に連れていくのは、兄がもうやったので、金を渡して何か買ってくれと言いたいと思う。

62 :もぐもぐ名無しさん:02/05/17 17:07
消防の頃、父が張り切ってカレーを作ってた。
味見させてもらって「辛い」といったら、
父は砂糖をカレーに入れた。
自分は、それはやばいのでは、と思ったが、
父が怖くて言えなかった。
もちろんかなりマズかったが、
自分のせいだと思ってなにもいえなかった。

63 :もぐもぐ名無しさん:02/05/17 21:38
お父さんの作ってくれた料理っていつまでも覚えてるんだよね
毎日料理を作るお母さんの料理はいちいち覚えていないくせに
って主婦は思っているのではないかと・・・

64 :もぐもぐ名無しさん:02/05/17 22:15
>63
日常の食事は印象に残りにくいからね。
でもふと思い出すママンの料理もあるよ。

関連リンク貼っておこうかね・・・・
ママ(´д`)お母さんのおやつ(´д`)ママ
http://natto.2ch.net/test/read.cgi/food/992767338/
母ちゃんの作ってたもの、あれは何だったの?
http://natto.2ch.net/test/read.cgi/food/985441286/


65 :ばぁ:02/05/17 23:31
>>55
「ちんこんかーちゃん」
うむ、たしかに面白い(遅くなったけど)

66 :もぐもぐ名無しさん:02/05/18 00:52
お母ん!弁当のおかずなんとかならんか?
http://natto.2ch.net/test/read.cgi/food/974053076/l50

夫婦(めおと)スレ。

67 :もぐもぐ名無しさん:02/05/19 02:58
前スレ昨日で読んだよ・・・・あんま泣かせないでくれよ・・・・

私も少し駄レスでゴメン。
私は幼い頃から、すっごいお父さんっ子だった。
中学高校ぐらいになったら、よく女の子供はお父さんと話さなくなったり、
一緒に洗濯物洗うのイヤがったりするって言うけど、
私はむしろ勝手にお父さんのパンツを自分の洗濯物と一緒に洗ったりして、
お父さんが逆にビックリしてるくらいだった(笑)。
大きくなったらお父さんみたいな人と結婚したいなって、思ってたよ。ホント。
さすがにお父さんの前では、さすがに言えなかったけど。
ウチのお父さんは仕事一徹の堅物で、趣味といえるものは晩酌とテレビでプロ野球見るぐらい。
当然料理なんてサッパリで。
普段は感情がほとんど外に出ない人なんだけど、お酒飲むときだけ饒舌になった。
そのお父さんの夢って言うのが、後からお母さんに聞いたんだけど、
「娘と一緒にビール飲みながらテレビで野球を見ること」(笑)。
高校生の時にお父さんと一緒に飲み始めてから(汗)、晩酌の相手は私になって。
料理はさっぱりなお父さんなんですが、この晩酌の時だけはお父さんが台所に立つんですよ。
酒のおつまみ、「枝豆」と「スルメ」を作るために。
枝豆の塩加減とか、すっげー上手で。美味かったです。
スルメの上にマヨネーズかけて、七味ゴバーってのせて、辛過ぎで当時の私には食べれなかった(笑)。

でも私は20の時、仕事の都合で家を出てきちゃいました。
一緒に飲んだのも、私が家を出る前日の夜が最後。
お父さん、今年は巨人優勝できるかな?
天国で応援してて下さい。今日は勝ったよ〜!

なんかあんまり料理の話じゃないゴメン

68 :かんぱり:02/05/19 22:13
一人暮しを始めて数ヶ月。
思い出すのは、日曜日になると父が必ず庭先で焼いていた焼き鳥の味。
幼心に家族の誰にもかまってもらえなくてかわいそうと思っていた私は、父の焼いた焼き鳥を家族の誰よりもいっぱい食べていた。
そしていつしか、父の作るものは本当においしいと思うようになっていた。
母が言うには、私と父は似ているらしいが、性格だけではなくて味覚もだんだんと似てきたのかも。

今、父はほとんど庭で焼き鳥を焼いていないみたい。
「お客さんがいなくなったから」って父は言う。
泣かせること言ってくれるじゃない。
私の「おふくろの味」ならぬ「親父の味」は、焼き鳥です。
一人暮しして離れていても、ずっとその味は忘れないよ。




69 :シママース:02/05/19 22:40
小学生の頃、母が熱だして寝込んだとき、
父が焼き魚とみそしるを作ってくれたことがある。
焼き魚はコンロに入れればいいとして、
みそしるが、これ以上のみそは溶けませんという限度以上のみそが
入れてあったため、とぷとぷしたモノが出来上がっていた。
具は何だったか覚えていない。
辛かったので、半分くらいしか飲めなかったが、
近くのほか弁に逝けば簡単だったのに、
普段料理なんてしない父がめちゃくちゃ時間をかけて
つくってくれたのを今でも覚えている。

70 :もぐもぐ名無しさん:02/05/20 03:04
母が用事で家を空けたとき、父がご飯の用意をしてくれたことがあった。
普段、父が台所に立つことはなかったので、「ご飯作れるのかな」と
小学生だった俺と兄は、見ててちょっと不安だった。
その時作ってくれた料理が何だったか、もうほとんど思い出せなくて、
フライパンの上でぼろぼろになってる卵焼き(ようなモノ)ぐらいしか憶えてない。
味もそれほどおいしくなかった気がする。結局、父が台所に立ったのはその一回きり。

高校卒業して進学のため一人暮らしを始めた。
生活する大変さを知って、今まで文句も言わず家事をこなしてきた母に感謝した。
働き始めて、お金を稼ぐ大変さを知った。父に飯をおごりたいと思った。
実家に帰るたびに、俺は「メシおごるよ。何食いたい?」と聞くんだけど、
父は「いらない、まだお前にはおごってもらいたくない」と断られる。

どうやら、子供に金を出させるわけにはいかないという親の意地があるらしい。
すでに髪も薄くなり背だって俺に負けてるくせに、親の威厳は一向に衰えていない。
その意地に、かなりの悔しさと少しの尊敬。

いつか父を認めさせ、美味い飯をおごる。
それが俺の父を越えた証になるんだと思った。

スレ主旨と違ってて申し訳ナイ。

71 :もぐもぐ名無しさん:02/05/20 09:49
>70
父親って、男にとっては永遠のハードルなのかもしれんね。
俺も思い出したことがあったので放置してみるテスト。

俺が19の時、仕事の関係で田舎を離れるまで、良く家族で網焼きをしていた。
そういう時、決まって父は一番初めに表に出て火加減をして。
で、団扇で煽って程よく火が起きたら網乗せて食材を焼くわけなのだが。
目分量で塩コショウをバーっとかけるんだ。
時々失敗するんだけど、大抵絶妙な加減なので酒が進む進む。
…田舎を離れた後、そんなことを思い出してしんみりしていたのだが。

72 :71:02/05/20 09:49
田舎を出て何年か経ったある日、突然携帯に父から電話が掛かってきた。
「出張で近くまで来ている。仕事の参考にしたい建物があるから案内して
欲しい」という内容だった。
暫く帰郷していなかったので、予定があったけどキャンセルして父と会う
事にした。
場所を聞くとかなり遠く、父の次の予定の時間までには間に合わない。
仕方ないので取りやめて、空いた時間で父と二人酒を酌み交わした。
短い時間の間、ビール中瓶2本と串焼きを少し摘んで、近況報告をした。

当時、俺の勤めていた会社は給料の遅配が当たり前な程経営が怪しくて、
いつ潰れてもおかしくない状態だった。
だけど、心配を掛けたくなかったので「仕事はぼちぼちだよ」って具合に
近況を話していたのだが。

別れ際、父に呼び止められた。
「これから大変だろうから、足しにしろ」
って小遣いを貰った。
会社がやばいなんて一言も言っていないのに…
普段は表に見せない父の優しさと、心配させてしまう自分の不甲斐なさに、
帰った後俺は泣いた。

73 :72:02/05/20 09:50
結局その後会社は潰れ、今俺は田舎で職探し中。
週末は時間を作って両親と食卓を囲む事にしている。
もう少し暖かくなったら、網焼きをまたやるだろう。
その時までに仕事を見つけて、両親と旨い酒を飲みたい。

父さん、こんな苦労かけるドラ息子でごめん。
頑張って仕事見つけて、結婚30年にあわせて温泉旅行をプレゼントするよ。
だから、それまで倒れたりしないでな?

…なんだか良くわからん長文で申し訳ないのでsage。
首は吊るわけにいかないので回線切るよ。

74 :もぐもぐ名無しさん:02/05/20 22:57
ここに書き込んでいる人たちは、心がやさしい人なんだなぁとしみじみ


75 :もぐもぐ名無しさん:02/05/20 23:26
別の板では別人格だろうけどね

76 :もぐもぐ名無しさん:02/05/21 00:48
そゆこというな。
一時の人格なんて状況に左右されるもんだ。
でも、心のどこかにやさしさが・・・

悪い、俺もんな戯言信じてないや。


77 :もぐもぐ名無しさん:02/05/22 03:04
そもそも人格なんて言葉でくくろうってのがナンセンス。
全部の顔ひっくるめて一人の人間。
ちらりと見えた親父の違う顔が涙を誘う。

じいちゃんの作る味噌汁の味が全然真似できない。
健在なうちに技を盗みたいなあ。

78 :もぐもぐ名無しさん:02/05/22 16:57
冬、青カビの生えた餅を一口大にして油で揚げて
くれたやつ。カビじゃないとこだけかじっていた。
懐かしい・・・

79 :もぐもぐ名無しさん:02/05/22 17:58
ageとく


80 :もぐもぐ名無しさん:02/05/22 19:32
お父さんの作った料理ってなぜかずっと覚えてるんだよね
たまにしか作らないからか
なんであの時素直においしいねって言えなかったのかな
って後悔する時には父亡し

81 :もぐもぐ名無しさん:02/05/24 00:26
前スレのアドレス変わったのかな?
一応貼っておきます。
『父の作った忘れられないもの』
http://food.2ch.net/test/read.cgi/food/1003257996

あと、過去ログ倉庫にも入りました。
http://natto.2ch.net/food/kako/1003/10032/1003257996.html

82 :もぐもぐ名無しさん:02/05/26 00:24
良スレにつきage

83 :もぐもぐ名無しさん:02/05/26 20:46
たしかグラタンかドリアのどっちかだったと思う。
滅多にない父の料理だからあん時はきっとおいしく食べたはず。
今思えば、その景色の中にインスタントの袋の姿が混じってんだ…。
けど親父は得意げだったよ。これもやっぱ印象深い思い出なわけなんだよね。


むかしは野菜口に含んだまま大便装って吐き出してつまらせて
しばかれたもんよ。懲りずに何度も。親不孝なガキだった。鬱。
やはりいつかこうして慕われ反芻される父親になりたいね。


84 :もぐもぐ名無しさん:02/05/28 10:24
前スレが上にあるのであげ

85 :もぐもぐ名無しさん:02/05/28 10:58
リンゴやなしの皮をよくむいてくれる父ですが料理は滅多に
しません。
でも小さい頃、小鍋に砂糖と醤油たっぷりの炒り卵を作って
くれたことがあります。素朴な味ですが不意に食べたくなる。

86 :もぐもぐ名無しさん:02/05/28 12:55
父親が、ちっちゃいエリンギの焼きびたしをつくってくれた。
父親は「エリンギは若いときゃぁ松茸みたいな香りがしてうまいんじゃ」などと広島弁で講釈を垂れる。
まさか、と思いつつ、一口かじる。本当に松茸のような香りがある。
僕は思わず「うまい!」と声をあげる。

父は満足そうに「永谷園の吸い物に浸しちゃったけえのう」

騙された!

87 :もぐもぐ名無しさん:02/05/28 13:15
>86
とーちゃんナイス!(w

88 :ぱくぱく名無しさん:02/05/28 14:28
広島は小学校か中学校で行きたかった・・・

89 :もぐもぐ名無しさん:02/05/31 18:29
前スレ落ちてる。なんでだ?

90 :もぐもぐ名無しさん:02/06/01 05:50
「父が作った」じゃないので、スレ違いかも知れませんが。

母方の祖母が倒れた為、母は田舎へ看病に出かけてしまい、
家に残されたのは義父と私。

小学生の頃から一緒に暮らしてはいるものの、
私は未だに彼を「お父さん」と認めるコトも呼ぶコトも出来ません。

母が田舎に帰った日、私が仕事から帰ってみると、
義父は私に料理を作ってもらえるとは全く思っていなかったらしく、
不揃いに切ったかまぼこと、黄身と白身のしっかり混ざっていない
パサパサした卵焼きをつまみにビールを飲んでいました。
実際作る気のなかった私は申し訳ないような気分になってしまい、
帰って来たそのままの格好でまた買い物に出かけて材料を調達し、
簡単な夕食を作りました。おみそ汁とご飯と炒め物だけの。
母の料理の腕前が天下一品である為、普段は私の出番はなく、
よって私の料理の腕前も全く大したコトはありません。
それでも義父は「美味いよ」と嬉しそうに食べながら、
会話が続かないせいかナイター中継をずっと見ていました。

母が帰って来る迄の一週間程、いろいろ作りましたが、
どう考えても普段食べている母の料理には及ばなかったハズです。
それでも義父は何を食べても「美味いよ」しか言いませんでした。

今はもう結婚して、私は実家から遠く離れた場所に住んでいます。
たまに電話しても、あの時と変わりないぎこちなさで
「元気か?」と「たまには帰っといでよ」しか言わない義父。
血の繋がらない娘を10年以上も養ってくれた義父。

ごめんね、ほんとは「お父さん」って呼んであげたいんだけど。
呼ぼうって思っても、いざ顔を見るとどうしても呼べない。
実の親父よりも、遙かに私を大事にしてくれたのにね。
ごめんね。

91 :もぐもぐ名無しさん:02/06/01 11:52
>>90
呼んでやれよ。

「お父さん」と呼んでやれよ。

92 :もぐもぐ名無しさん:02/06/02 22:02
>91 に同意。
「お父さん」と呼べる時間なんて、思いのほか短いもんだよ。

93 :もぐもぐ名無しさん:02/06/03 23:12
作ってくれたわけではないが:
父は、冷蔵庫と冷凍庫の違いに気づいていなかった。
父は、お菓子の最低注文数は10だと思っているふしがあった。
で、この間、母が旅行中、父のお守り(?)に帰ったのだ。

羽田から電話していて、父に「何か、ほしいものはあるか?」と
聞かれたので、つい、「アイスクリーム。ハーゲンダッツの大きいのね。」
と言ってしまった。
3時間後、実家に着いて、もうおわかりかと思うが、冷蔵庫に
ゆるゆるのハーゲンダッツが10個並んでたよー。


94 :もぐもぐ名無しさん:02/06/05 02:51
雪がたくさん降り積もったある日。塀の上にもこんもりと雪が積もっていました。
父はおもむろに茶碗に雪を掻き集め、砂糖をかけました。
幼かった私は「お父さん何してるんだろう…」とぼーっと眺めてました。
そして父が一言「うまいぞ、食え!」。
幼児虐待とかではないんですが、びっくりしました。

95 :もぐもぐ名無しさん:02/06/05 08:01

実家は自営業で、工場を営んでいるのだが最近キツくなってきたのか、親父は仕事一筋。
そうでなくても、昔から親父が料理を作った所など見たことがなかった。
そんな親父がこの間作ってくれた豚の角煮。
恥ずかしくてさりげなく言ったが美味かったよ。
俺がたまに料理を家で作ると必ず「美味い」と言ってくれる

96 :もぐもぐ名無しさん:02/06/05 09:56
みんな、愛すべきお父さんがいて良かったねー。

うちの父親は寝る間際に小腹が減ると子供を巻き込む人で。
父の作った夜中の激ウマラーメン(つってもインスタント)の
おかげで、思春期に増えてしまった脂肪細胞が今になって私を
苦しめているのだよ、父ちゃん。

97 :前スレの951:02/06/08 00:55
オヤジは結構、安くて贅沢って奴が好きで面白いシチュエーションで
面白いもの食わせてくれる。例えば、小さい頃英彦山って所に
ソリをすべりにいったんですよ。で、一通り遊んだ後に
オヤジが車からガスコンロ持ち出して、湯沸かして
どんべい作ってくれたんですよ。
雪が降ってる外で食う、アツアツのどんべいの美味かった事
ただのどんべいなのに、あんなに美味く食わせてくれた
オヤジは、結構やるなと思う藁

98 :もぐもぐ名無しさん:02/06/08 02:09
96の父ちゃんもかなり愛すべき父ちゃんだぞ。
自分ひとりでうまいもん食うのがイヤだったんだよ。
親子で(゚д゚)ウマー って言いながら何か食べるのはいいことだ。
脂肪細胞は走れば縮むが、思い出は後からは作れんぞ。

99 :もぐもぐ名無しさん:02/06/08 05:25
うちの父は寿司職人でした。
夜遅くまでやってるお店の職人だったので、いつも私が寝てからじゃないと
帰ってこなかった。朝も、仕入れが早いので、私が寝ている間に起きて出て行くので、
私は、父と一緒に食事を取った記憶がなかった。
お店が休みの日も、お店の人と飲みに行ったりとかで、殆ど父と顔を合わせた記憶がない。
小さい頃は、母と二人、晩御飯を食べながら、「どうしてお父さんはうちでご飯食べないの?
友達のところは一緒に食べるって言ってるよ?」と言って、母を困らせたことがあった。

その話をしたわりとすぐ後、夜中に突然帰ってきた父に起こされた。
「起きろ、お土産だぞ、一緒に食べよう。」と。
食卓には母も起きて待っていた。テーブルの上には、折り詰めが3つあった。
「開けてごらん、お父さんが作ってくれたんだよ。」と母。
中にはマグロ、イカ、ウニ、イクラ、卵焼き・・・私の好きな寿司ばかり入っていた。
美味しかった。でもそれより、それまで一緒にご飯を一緒に食べたことのない父が、
私と一緒に食べているのが嬉しかった。・・・半分寝ぼけてたけどあっという間に全部平らげた(w
「うまいか?」って言われて、「うん」って答えた時の、父の嬉しそうな顔は、
何て言うか・・・今振り返ってみると、誇らしげだった気がする。

それから3年後、父は仕入れの途中に交通事故で亡くなった。
翌年に、独立の予定が決まった矢先の出来事でした。
後にも先にも、父と一緒に食事をした記憶はこの一回しか覚えていない。
自分の働いてる店に家族が食べに来るのは照れくさいのと、けじめがつかないからと、
(父の死後、母が思い出話として教えてくれた。)
一度も父の作る寿司を食べたことの無かった私にとっては、
初めて父の作ったお寿司を、父と一緒に食べた、二重の意味で思い出に残ると言うか、
多分この先も一生忘れることは出来ない思い出です。
そして、あれからもう20年以上経つけれど、あの時のお寿司より美味しいと思うお寿司に、
私はまだ出会ったことが無い。・・・多分、これからもずっと、無いと思う。
・・・長々とすみませんでした。

100 :もぐもぐ名無しさん:02/06/08 13:16
>99
泣いたーエエ父ちゃんやー・゚・(ノД`)・゚・
でも1回でも、って言ったら悪いけど、父ちゃんの寿司食えてよかったなぁ

101 :もぐもぐ名無しさん :02/06/10 21:52
みんないいよね、作ってもらえて。俺なんて酔っぱらって帰ってきた親父に
ラーメン作らされるんだよ。母親もじゃあ頼むねって言って寝るし。

102 :もぐもぐ名無しさん:02/06/10 23:29
>101
うちの父は酒呑みに偏見ありなのである意味ウラヤマ( ゚д゚)スィ…
こっちも毎日必死に働いてるんだ、酒くらい好きに呑ませろやゴルァ!!
おとん元気で留守が良い。もうすぐ父の日ですな。

103 :もぐもぐ名無しさん:02/06/15 20:45
父の日前夜age

104 :もぐもぐ名無しさん:02/06/15 22:28
うちは母親が超絶ナマケモノだったので朝起きられず
私のお弁当をよく父親が作ってくれた。
なかなかおいしかったし、料理好きで楽しんで作ってたみたい。
卵焼きなんかは母親のより味が濃くてうまかったな〜。
焼きそばとかお好み焼きとか鍋とか、それからとろろいもを擦るのも
父親の仕事だったな〜。正月の大きいもちを切るのも。

父の日なんて聞くとついつい思い出す。
親孝行できなくて、花嫁姿見せてやれなくてごめん、父。
あんなふうに寂しく死んじゃうならもっと優しくしてやるんだった。
つまんない自分語りすみませんsage

105 :もぐもぐ名無しさん:02/06/16 15:40
うちのとーさん、残り物でなんでも作れる
炒飯がおいしんだな。
日曜日は冷蔵庫の掃除もかねて
あまりご飯と野菜と肉で父特製チャーハン!!
あとは鶏がらを煮込んだだけのスープかな。
自分も自信もってるのかしらんが、毎週それだーよ
たまにはちがーもんたべたいよとーさん

106 :もぐもぐ名無しさん:02/06/16 20:49
優しくて温厚な親父は一生健在だ、そう思いたい。



107 :もぐもぐ名無しさん:02/06/16 21:41
拒食症で入院してた私が退院して帰ってきたとき、
親子丼が食べたいって言ったら作ってくれた。
あんまり食べられなかったけどすごくおいしかった。
ありがとう

108 :もぐもぐ名無しさん:02/06/19 18:39
優良スレにつきage


109 :もぐもぐ名無しさん:02/06/23 21:16
優良スレage

110 :もぐもぐ名無しさん:02/06/23 22:35
ここのスレにいる人はみんないい人たちばかりだね
2ちゃんを見て初めて感動した。(T-T)
お父さんが作った思い出の食べ物は覚えていないんだけど
はっきり覚えていることは、私が小学校3年生くらいのときに、
母が急に倒れて、父が弁当屋さんで「鳥のから揚げ弁当」を
一人分だけ買って来て、父一人で食べていたこと。

病気のお母さんのは?私と妹の分は?って思いながら見ていた。
それから私は自分で冷蔵庫の中の食材でいろいろ作るようになった。

また、大人になってから母に聞いたのだけど
もっと私が幼い時、母が仕事で夜遅くなって夕食作る人が
いなかったことがあったんだけど
やはり父が自分の分だけ食べたい物を買って来て、自分だけ食べていたそうだ。
母が帰宅すると、「おかあさん、お腹すいた・・・」と
力なく訴える私と、すっかり伸びてしまった妹が茶の間にいたそうな。
いやな家庭だぁ。

みんなは優しいお父さんに育てられてうらやましいです。


111 :もぐもぐ名無しさん:02/06/23 23:04
>110
お父さん、自分のおなかの事で頭が一杯だったんだろうね(苦笑)

ちなみに奥さんが病気になった時に、それでもご飯を作ってくれると
思ったり、気を使って自分の分の食事は用意しても、奥さんの分は
すっかり忘れてる旦那ってのは意外と多いみたいです…
そうでない人の方が多いとは思うんだけど(w


112 :もぐもぐ名無しさん:02/06/23 23:48
うどん。
何にもできない人だと思ってたけど
ツユ作って揚げ乗せて作ってた。
外食でグルメ舌になってても、
これだけはおいしいと思った。
もう他界したので一生食べられない。
カナリ( ゚д゚)サミスィ…

113 :もぐもぐ名無しさん :02/06/28 03:59
家は兄弟全部家を離れて、今は親父、お袋、犬しか残ってない。
帰省して帰る時なんか凄く寂しそうで、ちょっと心配していた。
しかし、以前帰省したある日。ついたその日の夕飯で出たのが肉じゃが。
お袋が言うには、親父が作ったらしい。今までキッチンに立つところなんて見たこと
ないけど、結婚前は結構腕自慢だったらしい。味は別に普通だったけど、お袋が
目を輝かせて、「ね?すっごく美味しいでしょ?私より全然美味しいわ。」とか言ってるのを
聞いてすごい嬉しかった。
俺達が家を出たのも悪いことだけじゃなかったんだなあと思える。しかし、今は帰省の度に
イチャイチャを見せ付けられて、正直うんざりw。

114 :もぐもぐ名無しさん:02/06/28 13:40
>>113
いい事じゃん。ウチの両親は冷め切ってるので裏山だよ(w

すき焼きとイカのバター生姜炒め。
上手いくせに普段は全然作らないんだけど(母もいるし面倒らしい)
すき焼きの味付けは何故か昔から父の担当。
もうそれに慣れている所為か母が味付けをすると微妙(w
あと、たまにイカをもらったりしても私も母も裁けないので父に頼む。
(故に普段からイカはあまり食べない)
気持ち悪いと騒ぐ私達を尻目に手際よく作ってくれるんだけど
バターと醤油の香ばしさが絶妙でウマー(゚д゚)
本当、年に数回しか食べられないから貴重な味。

おとん、仕事で忙しいのは分かってるけどもっと食べてみたいよ〜。たまにはなんか作って。
って、こんな事言ったらお前が作れって言われるんだろうな(w
照れ臭くて口ではいつもくだらない事ばっか言ってるけどちゃんと感謝してるからね。

恥ずかしいのでsage

115 :もぐもぐ名無しさん:02/06/28 13:54
>>113
いい事じゃん。ウチの両親は冷め切ってるので裏山だよ(w

すき焼きとイカのバター生姜炒め。
上手いくせに普段は全然作らないんだけど(母もいるし面倒らしい)
すき焼きの味付けは何故か昔から父の担当。
もうそれに慣れている所為か母が味付けをすると微妙(w
あと、たまにイカをもらったりしても私も母も裁けないので父に頼む。
(故に普段からイカはあまり食べない)
気持ち悪いと騒ぐ私達を尻目に手際よく作ってくれるんだけど
バターと醤油の香ばしさが絶妙でウマー(゚д゚)
本当、年に数回しか食べられないから貴重な味。

おとん、仕事で忙しいのは分かってるけどもっと食べてみたいよ〜。たまにはなんか作って。
って、こんな事言ったらお前が作れって言われるんだろうな(w
照れ臭くて口ではいつもくだらない事ばっか言ってるけどちゃんと感謝してるからね。

恥ずかしいのでsage

116 :もぐもぐ名無しさん:02/06/29 10:04
りんご!!!
味噌汁にりんご。
カレーにりんご。
野菜炒めにりんご。
しかもすりおろしじゃなくて
うさぎりんごの半分くらいのやつ。
気付かないで食べると甘〜い。
コレはほんとに薦めない。

理由はおそらくりんごが親戚から三箱来る為。

117 :もぐもぐ名無しさん:02/07/05 18:40
定期age


118 :もぐもぐ名無しさん:02/07/05 19:10
私の父は結婚するまで実家暮らしだった上に
4人ものお姉さんお姉さんに囲まれて育ったから
料理は勿論、他の家事なんかも当然出来ない。
そんな父が唯一作ってくれた思い出の食べ物
それは砂糖をお湯で溶かし、片栗粉を溶いた物でした。
葛湯って言っていたけど・・・

119 :もぐもぐ名無しさん:02/07/07 22:27
あげ

120 :もぐもぐ名無しさん:02/07/10 00:51
野菜炒め。
漏れの父さんは母さんが具合悪くて料理が出来ない時決まってコレ作ってくれたなぁ。
というか味憶えてない。
野菜嫌いだったからなぁ(w
作ってくれても平気で「いらない」とかいってたなぁ。
出来るならもう1回食べとくべきだった。
激しく後悔

空の上の親父よ野菜炒めそっちで作ってるか?
金払って食えたら良いのに。
あぁ食いてえなぁ

121 :もぐもぐ名無しさん:02/07/10 01:05
普段から料理をはじめ、家事一切しない父が
もう10年前くらいになるのかな チャーハンをつくってくれた
独身時代は料理色々してたみたいやけど初めて食べた父の手料理は
おいしかった ていうか作ってくれた行為がうれしかったなぁ

122 :もぐもぐ名無しさん:02/07/10 02:02
親父か・・・・そば粉を見つけてきては湯で練ってそばがき(そば粉の
団子)を作ったな・・・まあ、醤油つけて暖かいの食べるとうまいん
だが、そば粉がこびり付いた鍋を洗うのはいつも俺の仕事だった・・・

123 :もぐもぐ名無しさん:02/07/10 05:34
一度だけ親父が作ったカレーにはタマネギの一番外側の茶色い皮まで使われていた。
変なにおいと妙な泡立ちがあったのを憶えている。

124 :もぐもぐ名無しさん:02/07/12 18:30
牛テール入りのシチュー。
牛テールが半生だったので血がホワイトソースに浮かんでいて
気持ち悪かったんだけど、父が初めて作ってくれたものなので
我慢しておいしくいただいた。
母が作ったものなら文句たらたらだったろうけど
父にはなぜか文句が言えなかった。
なんでだろ〜?

125 :ぱくぱく名無しさん:02/07/13 05:34
やばい・・・ポケットティッシュ三つ分泣いてしまった>前スレ
人に教えられてきたんだけど・・ 読み始めたら止まらなくて・・・
両親とも生きているけど、私は特に父親と仲が悪くて
(言葉がきつい、厳格、自己中心、自慢しいなところが嫌だ)
父親の作るすき焼き・ステーキ・ポトフなどなど、あまり食べなかった
だっていちいち自慢するんだもの。これはグラムあたり幾らの肉だったとか、
「どうだ、うまいだろ?」とか。だから、二日煮込んだポトフやシチューに
口もつけなかったりしてた。
でも・・・ 帰省すると、直接には私と父は口はきかないんだけど、
食卓には私の好物(それが、ステーキと刺身とかバラバラなの)が乗ってたりする
学費とかも「お前には幾らかけた」とか言われて「ムカー!!」って思ってたけど
ここ読んでいて、自分が大人気ないように感じてきました
客観的に見て父は嫌な性格だとは思うけれど、それは私も同じだし(藁
なんていうか・・・・
今度、帰省するよ・・・・。もうちょっと柔らかい娘になって・・・・。
みなさん、ありがとう。ほんと、今日は泣いた。
なんでだろう。口下手なの、お互いそうだから。
虚栄心が強いのは、自信がないのの裏返しなんだよね。
自分が人にごはん作った時、不必要に「ねえ、おいしい?」って肯定を要求
していた時に、父の態度の裏の気持ちが少し分かってしまったよ・・・・


126 :もぐもぐ名無しさん:02/07/13 09:34
>125 良かったね。大人になったね。

127 :もぐもぐ名無しさん:02/07/13 09:57
4年前に亡くなった父は
母がそばにいれば三歩歩いてコーヒーを入れることも
しない人だったが、実は料理がうまかった。
忘れられないのは サトイモの入った炊き込みご飯。
しょうゆ味のご飯に、サトイモのねっとりホクホクがうまー。
今 再現しようとがんばっているんですが、どうしてもだめ。
死ぬ前にちゃんと教えてもらえば良かった。
サトイモご飯を我が家メニューにされている方
もしいらしたらコツを教えてください。

 

128 :もぐもぐ名無しさん:02/07/13 17:11
前スレから読んだけど、ここ、いいね・・。
オレも死んだ親父の思い出料理ってあるけど、今は打てないよ・・グチュン・・。
大きくて頑丈だった親父が弱っていくのって辛いよね・・。
今日は親父のこと思い出しながら一杯飲むよ。
みんな、そのうち、オレの親父の料理の話も聞いてくれ・・・・。

129 :もぐもぐ名無しさん:02/07/13 17:46
小〜中学校の頃、母親が家から出て行くことが何度かあって、父親がごはんを作ってくれた。
買ってきたお惣菜が多かったけど、自分で作ったものは「おとうさんが作ったの、うまいだろ?」
と、ニコニコしながら聞いてきていた。
確かにおいしかったけど、父は濃い味付けが好きだったので、薄味が好きなあたしにとってはしょっぱいと感じる事が多かった。
それでも一生懸命してくれた父を憎む事が出来ずに、母とも連絡を取り合っていたあたしは、
何だか父を裏切っているような気がして、心苦しかった。
今は、あまり仲良しとは言えないながらも両親一緒に住んでおり、
ごくたまに父は料理担当となって、すき焼きの味付けなどをしている。
相変わらずしょっぱいけど、それを除けばおいしい料理上手(?)な父。
久しぶりの帰省をいつも楽しみにしています。

130 :もぐもぐ名無しさん:02/07/13 22:39
オヤジか・・・あんまり料理は作ってくれなかった。
小学校の入学祝の時に作ってくれたローストチキン・・・今でも一番うまいと思う。
高校生のとき母親にH本見つかったとき、母親の前では怒っていたけれど後でこっそり
「今度から見つかるなよ」っていってくれた
酒が大好きだった・・・飲み始めると1ヶ月働かないこともあった。
そんなオヤジを見ていたからオレは酒が嫌いだった。
でもサラリーマンになって付き合いで飲み始めた。
それからお酒で何度も失敗した。やっぱり血は争えないな。
こんなオレでも2児のオヤジになれたよ。
結婚式見てもらいたかった、孫も抱かせたかった、いっしょに酒飲みたかった
すべて無理だけど・・・後悔してばっかりだな
今年も墓に酒持っていくよ じゃ

131 :もぐもぐ名無しさん:02/07/14 04:10
>>130
オレも同じだよ。
切ないよね・・・・。
泣かせやがって、このやろう・・・。

132 :もぐもぐ名無しさん:02/07/14 15:01
俺の今の父は2人目です。
一人目は何度も愛人作りまくった挙げ句、家を出て行った。
母は俺が8歳の時離婚して、一人で育ててくれた。
アパートで2人暮らし、生活が凄く苦しかったのを覚えている。

10歳の頃、同じ階のアパートに引っ越してきた新社会人(当時23歳)
が俺の新しい父になる人だった。
母子家庭で寂しそうだった俺を見て、休みの日には良く遊んでくれたな。
釣りにいったり、カブトムシ取りに行ったり、キャッチボールしたり・・
なにか成功すると頭をぐしゃぐしゃ、って撫でてくれた。
髪の毛が乱れるのであまり好きじゃなかったけど(笑)

12歳のときに、母は再婚。14歳年下って考えてみたら凄いことだ。
いつのまに仲良くなったんだろう。今でも不思議だ。
父曰く、「美人だから惚れた」とか・・・

もっとも当時の俺は、友達感覚の兄貴のような人と
一緒に暮らせるようになってそれが嬉しかったことで頭が一杯だった。

〜続く〜

133 :132の続きです:02/07/14 15:02
生活は大分楽になったけど、それでもあまり裕福じゃなかった。
そりゃそうだ。
まだ20代といえば、社会では下っ端。稼ぎも少ない。
しかも2人の愛の結晶、「妹」も生まれたし(笑)

でも離婚してからの母は、いつも悲しそうというか、苦しそうな
顔をしていた。再婚してからは本当に幸せな顔をしていた。

ソファで並んでテレビを見ている姿を見るのが
小さい頃の俺の楽しみだった。

そんな俺ももう今は大学4年生。無事就職も決まった。
今まで父の事を「お父さん」と呼んだこと無かったな。
いつも「○○さん」(名前の愛称)で呼んでる。
母もそう呼んでるから小さい頃は違和感無かったし、
おおきくなってからだと、逆に呼びにくくなってた。

親孝行なんか全然してないけど、ほんとに感謝している。
俺が二十歳になったとき、
「妹は世話するからたまには2人で出かけてきな」
と言ったら、少し驚いた顔して、そして嬉しそうな顔をして
「ありがとう」
と言ってくれた。そのとき久々に頭をぐしゃぐしゃ、って
撫でてくれたな。ほんとに久しぶりだったなぁ。


社会人になったら、そんな父に何かプレゼントしたいと思う。
「お父さん。今まで本当にありがとう」と一言添えて。
きっとまた頭を撫でられると思う。

134 :132+133:02/07/14 15:06
食べ物スレだった(汗)

父は、「結婚したら男も料理の一つも出来ないといかん!」
とかいって、母に料理を教わってた。

母が風邪で寝込んだとき作ってくれたときがある。
晩御飯が出来たのは夜9時半だった。
時間かかりすぎだって。美味しかったけどね。

ご飯作ってくれたのはそれ以外にも何度かあるけどね。

以上です。

135 :もぐもぐ名無しさん:02/07/14 15:34
熱を出したとき、父がたまごみそを作ってくれた。
なんでかしらんが、はちみつをたっぷり入れて・・・甘かった・・・
けど、美味しかったな。
あと、木べラ炎上チャーハンとか。
具入れるのに夢中になって、コンロの火がへらに引火した・・・

一人暮らし3年目。ちと懐かしい。

136 :もぐもぐ名無しさん:02/07/14 17:58
>132-134
いい父ちゃんではないですか。
今度はアンタが手料理御馳走してやれや。

137 :もぐもぐ名無しさん:02/07/14 23:25
親父の作る「サバの味噌煮」は、冷えても味が変わらない。
前々から作るコツを聞いているのだが、
「企業秘密は教えられねぇな」の一点張り。
 
くそぅ。 ケチらねぇで教えろよぉ。

138 :もぐもぐ名無しさん:02/07/15 11:13
パサパサした卵焼きをつまみにビールを飲んでいました

139 :もぐもぐ名無しさん:02/07/15 13:46
おかあさんがいないとき、一度お父さんが焼きめし作ってくれた。
お父さんの親指の爪ぐらいある大胆なカットのたまねぎが忘れ
られない。不思議においしかったけどね。

140 :もぐもぐ名無しさん:02/07/15 17:45
ウチの親父は大酒飲みで、酒乱だった。
飲んで暴れて大騒ぎ・・・。
もちろんオレは、そんな親父が嫌いだった。

でも、そんな親父も初孫が出来て少しずつ変わっていった。
トシのせいもあったのかな・・。
だんだん、酒量も減り、酔うと大人しく寝ることが多くなったって母親が言ってた。
あんまり酔ったら孫に嫌われるから・・・って。

オレたちが遊びに行くときには、これがあの親父かと思うくらい嬉々としてお菓子なんかを娘に与えてた。
あんまり甘いものを与えるとオレたちに叱られるので、外に連れ出しこっそりやって・・結局バレて、叱られてた。

ある日、俺たちが実家に御飯を食べに行ったときのこと。

なんと、あの酒乱親父が味噌汁を作った。もちろん、料理なんかしたこともないのに。
少し不安だったけど、やがて食事が始まり、味噌汁を飲んで・・・みんな唖然!
なんと、味噌汁には大量の砂糖が入っていた。
ただ、親父の狙い通り、娘はニコニコしてすすってた。
親父もニコニコしてたな・・・。

親父が死んだとき、娘はずっと親父が寝かされてる布団の枕もとに座ってた。
親父、あんたの孫は今でも「おじいちゃんやさしかった」って言ってるよ。

141 :中年主婦:02/07/15 18:07
>132-134

正直14歳年下は非常にうらやまC

いや、感動したけどね


142 :もぐもぐ名無しさん:02/07/15 23:33
父じゃなくて母方のじぃちゃんの話だけど。
ウチだけ離れた孫だったので、数年に一度しか会わなかったし、
朝から酒ばっかり飲んで不機嫌な顔してたから苦手だった。
でも夏休みに畑で取ってきたとうもろこしとか、朝上がったばっかりの
魚をさばいてくれた御刺身とか、取立てのウニとか、夏になると
食べたくなる味は田舎に帰った時のものだったことに気がついた。
5月の末にぱったり倒れて逝っちゃったよ。
葬式行かなくて(行けなくて)ごめんね…

143 :もぐもぐ名無しさん:02/07/16 22:29
良スレage

144 :もぐもぐ名無しさん:02/07/16 22:45
昔、親父がインスタントラーメンを作ってさ、2食分を一度に作ってさ、
スープが全て麺に吸収されて焼きソバになっちゃったんだよ。量は4倍。
無理やり食べさせられてキレたっけなぁ。

145 :もぐもぐ名無しさん:02/07/17 19:43
>>140
関係ない話なんだが、秋田だか山形だかの地酒で「初孫」ってのがある。
信じられんくらい甘い味わいの日本酒。
なんか、意味がわかった気がした。

スレ違いスマソsage

146 :ん〜:02/07/21 13:47
あげ

147 :もぐもぐ名無しさん:02/07/26 23:00
あげ

148 :もぐもぐ名無しさん:02/07/28 17:56
前スレ逝ってきたよ〜もう、化粧ボロボロ(w
私は両親、祖父母健在だけどね、ちょっと書かせて・・・
しかもスレ違いになるけど・・・
うちの父ちゃんは漁師なうえ、私も実家から離れて暮らしているから
会えるのは年に数回。
昔ながらの漁師で家事一切は絶対やらない。
そんな父親から二週間ぐらい前に仕事中に電話があって、「近くにきてるから
出てこれるか?」ちょうど昼休みだったから近くのコンビニで待ち合わせたら
真っ黒に日焼けした父がいきなり一万円をさしだして、「ご飯は?なんか買って
け」とコンビニ弁当を買ってもらって、父はそのまま病院に検査をしに行った。
仕事と恋愛問題でかなり精神的にまいってて、ご飯も食べれず激やせした私に
多分びっくりしたと思うのに、何も言わずにお金を渡してくれた父・・・
帰りの車の中で、運転しながら号泣したよ。
仕事、やめちゃったし、ダメ男にもひっかかって、心配ばかりかけてごめん。
そして皆さんにも、ながながとごめんなさい。
お盆には会えると思うから、何か作ってあげるね。絶対「うまい」って言ってくれないけどね(w

149 :もぐもぐ名無しさん:02/07/28 22:07
。・゚・(ノД`)・゚・。

150 :もぐもぐ名無しさん:02/08/02 17:03
今は亡き父が、よく作ってくれた物はジンギスカンのたれです。
果物をいろいろ入れ、ニンニク、しょうが、醤油ベースで作ってました。
そのたれでジンギスカンをいただくと、とても美味しかったよ〜。
食べたいよ〜。マジで涙がでてきたよ・・・・。親孝行してあげられなくてゴメンネ。

151 :もぐもぐ名無しさん:02/08/03 23:13
お父さんage

152 :もぐもぐ名無しさん:02/08/03 23:30
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153 :もぐもぐ名無しさん:02/08/03 23:31
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154 :もぐもぐ名無しさん:02/08/03 23:33
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155 :もぐもぐ名無しさん:02/08/03 23:34
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156 :もぐもぐ名無しさん:02/08/04 01:04
おおお・・・荒らしなのにキュンとくる。

157 :もぐもぐ名無しさん:02/08/04 06:58
バターと醤油の香ばしさが絶妙でウマー

158 :もぐもぐ名無しさん:02/08/04 19:44
>>150
道産子ですか?
北海道はうまかもんがあってよかねー。

159 :もぐもぐ名無しさん:02/08/08 00:03
梅漬け。
3年前に亡くなったんだけど、そのころ漬けた梅がいまものすごく
おいしくなってきた。子供の頃は大嫌いだったのが信じられない。
もう、残り少ないから少しずつ食べよう・・・
しそはゆかりにしよう・・・


160 :もぐもぐ名無しさん:02/08/08 22:56
良スレにつきage

161 :もぐもぐ名無しさん:02/08/08 23:12
お父さんが作ったお味噌汁
茄子の味噌汁だったけど、履いた後の靴下の味がした
まじで靴下で出汁採ってるのかと思うほど・・子供の時、聞いたけど

162 :もぐもぐ名無しさん:02/08/08 23:41
うちはお父さんがいない。
父の代わりになってわたしを躾けてくれたのが兄だった。
でも干渉しすぎてくるのがハッキリ言って鬱陶しいと感じていた。
なんせデートをしてもわざとイカツイ格好をして迎えにくるものだから、
彼氏なんて出来なかったw

わたしもそんな生活にうんざりし、家を出るために受験勉強を
始めた。受験は凄いプレッシャーのかかるもので何度も何度も
家族に当たった。普段から不満を抱いていた兄には特に辛辣に。

その結果は、というと見事に落第。あれだけ迷惑かけて、
大見得切って受験したのに申し訳なくて情けなくて布団に包まって泣いた。
泣き顔は誰にも見られたくなかった。

その時ノックの音が聞こえた。涙を精一杯拭ってドアを開けると
兄だった。手にはコンビニのあんまんが抱えてあった。
「あんころもち(わたしのあだ名)は共食いでもしとけ」と
差し出すので気が抜けて泣き笑いしてしまった。
「頑張ったから、もういいから」と頭をぐしゃぐしゃに
なでられて食べるあんまんはいつもよりも甘く感じた。

そんな兄も今度結婚する。お嫁さん、顔が松坂大輔に似ててw
ほんとはちょっと気に入らないけどまあ幸せになってよ・・・
わたしの時はバージンロードは一緒に歩いてね
と、長々とくだらん話スマソ



163 :162 :02/08/08 23:47
切れてるし…そもそも作ってないし( ;゚Д゚)
スレ違いスマヌ

164 :もぐもぐ名無しさん:02/08/09 01:18
>>163
ここはそれでオッケィ〜♪
いい兄ちゃんだね。

165 :もぐもぐ名無しさん:02/08/09 06:47
今日、初めてここに来たが2ちゃんにもこんなとこがあるんだね。
ちょっとうれしい。自分のトラウマで誰にも話していないことを
書いてもいいかな。
私には父がいない。とずっと思ってきた。いや、思うようにしてきた。
はっきり言って実の父という人のことは殺してやりたいほど憎んだから。
だから、私には「父」はいない・・と思い込むようにしてきた。
だけど、私にも小さい頃にはちゃんと「お父さん」がいた。
大好きだった。お父さん子だったし。

父の元から母と弟と逃げてきたのは、今から20年前。
逃げる前、父は酒乱で毎晩母をいじめてた。

それまでは、虫も殺せないようなやさしい父。子煩悩だったし、
お父さん子だった私には、妬けるくらい母のことも大事にしてた。
 食いしん坊で食べることが好きだったから・・よく仕事の前に市場に行って
材料そろえてお料理してくれた。
でも、一番覚えているのは、あのときの父。
今でも、その時の父の声や表情を覚えている。
ある日曜の朝。眠い目をこすりながら起きていくと、父が台所に立ってた。
私は「あ、パパごはん作ってるの?んじゃ、ママ起こしてくるね〜」と
寝室に向かおうとすると、いきなり抱き上げられて
「し〜っ!小さいお声でお話しよう。ママはねゆっくり寝かしてあげよ。
ね、ママは毎日**ちゃん(私)達のご飯作ったり、お部屋きれいにしたり、
お洋服作ってくれたり・・すっごく忙しくて大変でしょ。だからね。パパのお休みの日は、
ママにゆっくりしてもらって美味しいもの作ってあげたいんだ。」
・・・それから毎週日曜日のお食事は父が作るご馳走の日だった。
よく覚えてるのはビーフシチューとか。
休みの日、家族で出かけるのも好きな人だった。
そんなときは必ず、父がお弁当を作った。
おかげで、私が幼稚園に入ったとき、お昼は幼稚園が用意する給食というか
仕出しのお弁当のような物だったのだが、涙がでるほど美味しくなくて
ほとんど食べれなかった。

166 :もぐもぐ名無しさん:02/08/09 06:52
ごめん。上の続き。
父のことも、母を大事にしている父も、父のお料理も大好きだった。・・でも酒乱になった。夜中、ふと目を覚ますとなにやら悲鳴のような声がする。
よく聞いて見ると母の声だった。父が母の髪の毛をもって引きずりまわしている様子を今でも鮮明に覚えている。あまりのことに、母が私のベッドの近くに逃げてきて
私の名を呼び助けを求める。しかし、父に引きずられて悲鳴とともに離れていく。
私は怖くて、目をぎゅっととじ、寝たふりを続けた。起きて母を助けたかったけど
怖くてそれができなかった。
 今でもその時のことは鮮明に覚えているし、思い出すとしんどくなって
泣けてくる。
父から逃げてきてからの母は、私と弟の為だけに生きてきた。
身体が弱いのに朝も昼も働いて、遊びに行くことや自分の楽しみなんて
なかったと思う。母に熱心に通ってくる男の人もたくさんいた。
でも、母は、私達の為に再婚もしなかった。





167 :もぐもぐ名無しさん:02/08/09 06:57
ごめん。また続き・・
私が20歳になったとき、乳がんになって乳房を片方切り落とした。
癌だから死ぬかもしれない恐怖、女としての喪失感とかきっとあっただろうに
私達子供にはそんなそぶりも一つも見せず、
笑顔で「手術するから入院中よろしくね」と言った。
手術後、麻酔から覚めた母は笑いながらこう言った。
「あのね。笑っちゃう夢見ちゃったのよ〜。手術して
起きた後なんだけどね。自分の胸をおそるおそる見たら
ちゃ〜んと両方乳房があるの。っていう夢。
ほんとはもう、片方ないのにね〜(笑)」
私は笑ってる母に顔をそむけて泣いてしまった。
親兄弟や子供には言えない恐怖や不安をゆだねて甘えられる
伴侶が母にいれば・・・・
今でもそれを思い出すと涙腺がおかしくなる。

それなのに父は3年前に再婚したという。
相手は私もよく知ってる人。私が幼少の頃から
父のことを好きだったのは知ってた。
でも、母にひどいことをした父が
のほほんと伴侶を得て幸せになることが許せなかった。
ほんとに、殺してやろうと思った。

長くなってしまってごめんなさい。
私は実の父を殺してやりたいほど憎んでいる。
幼少の頃のことも覚えている。
そう言うジレンマが未だにトラウマになっています。






168 :もぐもぐ名無しさん:02/08/09 11:23
空の上の親父よ野菜炒めそっちで作ってるか

169 :もぐもぐ名無しさん:02/08/09 11:36
>165−167
良くも悪くも「忘れられないもの」ってのはみんな持ってるさ…
何時か自分の中で、納得できる答えが見つかるといいね。

170 :168の親父:02/08/09 13:24
>>168
おう!作ってるぞ!
食わせてやりたいが、今、来たら承知せんぞ!


171 :もぐもぐ名無しさん:02/08/09 21:43
そば粉がこびり付いた鍋を洗う

172 :もぐもぐ名無しさん:02/08/10 09:45
虚栄心が強いのは、自信がないのの裏返しなんだよね。
自分が人にごはん作った時、不必要に「ねえ、おいしい?」って肯定を要求



173 :名無しさん:02/08/10 10:10
小学生の頃、家族で海に行ったとき。
とうさんが、海水を使ってジャガイモを
茹でてくれました。
茹でてる間に、とうさんは海に潜って
こっそりアワビやウニもとってきてくれたり…。
美味しかったな。

174 :もぐもぐ名無しさん:02/08/10 14:18
一人暮らし3年目。ちと懐かしい

175 :もぐもぐ名無しさん:02/08/10 14:50
虚栄心が強いのは、自信がないのの裏返しなんだよ

176 :もぐもぐ名無しさん:02/08/10 17:28
母がそばにいれば三歩歩いてコーヒーを入れることも
しない人だったが、実は料理がうまかった

177 :もぐもぐ名無しさん:02/08/10 18:34
>>158
そうですよ〜。今は、もっと田舎に住んでます。
当時は家中の窓からドアから開け放ち、煙モクモクの中で
ジンギスカンを食べたのです。家族4人で1キロ食べたよ。(当時、小学生です。)
ここくるたび、泣ける・・・。


178 :もぐもぐ名無しさん:02/08/10 20:45
不器用なの親父が作ったチャーハンは、卵の殻がチョットだけ入ってて
よく文句いってた。

で、オレも親父になってこの間、5歳の息子にチャーハンつくって食わせた。
オレも「卵の殻が入ってる!」って怒られたよ。

179 :もぐもぐ名無しさん:02/08/10 23:35
結婚したら男も料理の一つも出来ないといかん!

180 :もぐもぐ名無しさん:02/08/11 01:53
>165-167
同じだね…
うちのほうはまだ離婚もしてないけど、
あの馬鹿は愛人の家にいる。
子供の世話も、寝たきりの
ひいおばあちゃんの世話も母に押し付け
自分は若い女と楽しんでいる。
母に血も繋がっていないひいおばあちゃんの
お世話を押し付けて!
弟は父親が家にかえって来ないのは
仕事のせいだと思っている。
そんな弟は少し登校拒否気味。
じじいはじじいでそんな弟を見て
「母親の躾が悪い!」と怒鳴り付ける。
自分の馬鹿息子を棚にあげておいて
全部母親のせいにするんじゃねーよ!

この二人はホントに殺してやりたい

181 :もぐもぐ名無しさん:02/08/11 12:18
>180
気の毒だとは思うが、すれ違いでもあると思われ。

182 :180:02/08/11 12:56
>181

心のすれ違いなのはしょうがないと思ってます。

ただ一方的に苦労を母親に押し付けているのが許せない。

愚痴ったら少し気が楽になりました。
すいませんでした。

183 :もぐもぐ名無しさん:02/08/11 15:56
>>180
ガンバレ!!
お母さんと弟さんに協力してあげてください。
スレ違いなのはわかっているけど、一言いいたかったのよ。
スマソ・・・

184 :180:02/08/11 17:29
>183

「すれ違い」じゃなくて「スレ違い」だったのね^^;

ちなみに父親は元コックでした。

母親の方が大変なのだから私が愚痴を言ってもしょうがないですね。

すいませんでした。

185 :もぐもぐ名無しさん:02/08/11 18:05
母が出かけていない時、作ってくれたおにぎり。
三角ではない、丸くて、野球のボールよりも一回り大きいもの。
味付けは、塩のみ、具は無し。でも、何でだろう、すごく美味しかったな。
父は中一の時死んだ。もういない。
逢いたいな、せめて夢の中でもいいから、おにぎり握ってほしい。

186 :もぐもぐ名無しさん:02/08/12 03:15
私の父が作ってくれたものは、日曜日の朝食のトーストとクリープと砂糖がたっぷり入ったコーヒー、日曜の昼食のインスタントラーメン、節分の次の日に作ってくれたお菓子、母が入院した時のお弁当の卵焼き、そして私が一度も飲む事のなかった味噌汁です。

日曜日の朝は、父と私だけ早起きするのですが、あまり料理が出来ない父だったので、朝食はトーストとコーヒーだけでした。それでも小さかった私は今日1日何をしようかという気持ちもあって、楽しい朝食でした。

日曜の昼食は私の家では麺類を作るのが決りだった様です。
大抵は母が作るうどんやそば、焼そばで、幼稚園にあがる前から私は商店街の製麺店で買い物をしていました。たまに父が作る時は決まってサッポロ一番のみそラーメンでした。
当時私は麺類が苦手だったのと、父の作るラーメンの具はぶつ切りにした火の通っていないネギとキャベツで、泣きながら食べていました。

節分の次の日には父は必ずお菓子を作ってくれました。
もっとも砂糖で作った水飴状のものに節分のあまった豆をからめるだけのものですが、普段お菓子を禁じられていたので私も兄も喜んで食べていました。

187 :186のつづき:02/08/12 03:28
私が父の食べたものを最後に口にしたのは、中学の頃母が入院して、暫くの間、父がお弁当を作っていました。
最初に作ったお弁当はご飯に塩鮭、卵焼きだけでした。
その卵焼きが塩辛くて食べられなかったです。

兄が中学に入った時、ただでさえ神経質な兄がさらに神経質になり、父も母も腫れ物に扱うかのように兄に接していて、私は強い疎外感に悩まされるようになりました。
朝食は私と両親、兄と全く違うメニューでした。
私は中学は部活の朝練、高校は進学補修で家を出るのが一番早く、当然一人で朝食をとっていましたが、出されるのはご飯だけ。夕飯の残りは勿論、漬け物も水も禁じられていました。
こっそり漬け物を食べようものなら、母からの罵声と父からの嫌味を浴びせられました。
中学生のある日、その日は朝練がなく、ゆっくり登校できる日でした。
私が食卓につくと、父と母は夕飯の残りで、兄はベーコンエッグとウィンナーで朝食を食べていました。
私は黙ってご飯だけの朝食を食べましたが、余りの悲しさに涙が出そうでした。

188 :186のつづき:02/08/12 03:42
私が高校に進学してからは私は朝食を食べる事を止めました。
バイトで稼いだ給料で食費を賄う事にしたのです。
その時、母は兄の分だけ朝食を作るようになり、父は朝早く起きるので、味噌汁を作るのが日課になりました。

その後、私が大学に進学し(学費は自分で払いました)、社会人になって、父がガンの再発で鬼籍の人になってしまいました。
母と兄が私を忌み嫌うようになり、私は家にいる事が恐ろしくなり父方の親戚と相談して、逃げる様に(母と兄は勘当したと言っているみたいですが)家を出て、一人暮らしをすることになりました。

あれから5年。
どこかで何かが狂ったのか分からないけど、私は家族、特に父には恨む事なく、毎年節分の次の日には見よう見まねで覚えた節分豆の水飴がけを作って、父の墓前に供えています。

189 :もぐもぐ名無しさん:02/08/12 11:00
もう・・・・
泣けちゃうじゃないか・・・
皆、ここだと語っちゃうね・・・・
父のお墓は遠いので、写真にお酒を供えよーっと・・・

190 :もぐもぐ名無しさん:02/08/12 14:11
感動したけどね




191 :もぐもぐ名無しさん:02/08/12 16:43
数年に一度しか会わなかったし、
朝から酒ばっかり飲んで不機嫌な顔してたから苦手だった

192 :もぐもぐ名無しさん:02/08/12 16:58
んなこと食べ物話とも絡めず言われても。

193 :もぐもぐ名無しさん:02/08/12 19:36
TBSラジオの女のリポートみたいだ。

194 :bb ◆kRFqbI1c :02/08/12 22:01
ハァハァ

195 :もぐもぐ名無しさん:02/08/13 13:27
良スレage

196 :もぐもぐ名無しさん:02/08/13 13:52
めちゃめちゃカンド-するスレですね。ちょっと殺気立ってるのもありますが
人生それぞれですからねぇ…

私の父はまだ生きていますが、いつかこういう風に思い出になるんだろうなぁ。
ムダにデカい焼きおにぎり、油ギトギトのやきそば、同じく油ギトギトのチャーハン、
いきなり「そば作るぞ!」ってそば入門セット買ってきて作った不器用なそば。

どれもそんなに美味しいものじゃないけど
おとんが死ぬ前にもう一度食べたいなぁ。

197 :もぐもぐ名無しさん:02/08/14 01:24
うちのおとんは実際ろくでもないが、私はもっとろくでもないし。

実際自分が稼ぐようになって、こんなしんどい思いして貰った給料、
例え我が子とは言え他人の為に使えるかったら…NO.
本当ろくでもないわ。

作ってもらった食べ物話、今すぐ出せなくてスマソ。
強いていうなら私の血肉とかも、作ってもらった食べ物だな。

198 :親G:02/08/14 05:44
父親が作る物はさ、ウマイのも有るけど、味付けが微妙にズレてるのが有るね。作った本人も残す始末。 訳の分からない、ゴッタ煮を作るのは止めて下さい。それと、高い食材を買ってきて、冷蔵庫の奥に隠すのも止めて下さい。 (結局バレて母に怒やされる)

199 :もぐもぐ名無しさん:02/08/14 09:07
ニンニク、しょうが、醤油ベースで作ってました。


200 :もぐもぐ名無しさん:02/08/14 10:50
涙がでるほど美味しくなくて
ほとんど食べれなかった。


201 :もぐもぐ名無しさん:02/08/14 13:39
父は釣りが趣味だったので魚をさばくのはお手のもの。
出刃包丁も柳刃包丁もいいものをそろえてあり
いい魚がつれると刺身を綺麗に作ってくれました・
しかし母に言わせると
「いい包丁でブリさばくより
  スーパーで買った安包丁でサバさばくほうが
  よっぽど技術いるんだから」とのこと。

202 :もぐもぐ名無しさん:02/08/15 03:15
>201
お袋さんの言いたい事がなんとなく判るが、
論点が微妙にずれてる気がする。
 
親父さんには、「いい仕事はいい道具からだよなっ」
って言ってあげようよ。

203 :もぐもぐ名無しさん:02/08/15 20:03
>202
なっとく。

204 :もぐもぐ名無しさん:02/08/17 23:12
>>201
お母さんはお父さんにちょっぴり嫉妬しているように思えるのですが。

今日、父親の握ったおにぎりを食べた。
どっちかというと、作るより持ち帰り寿司などの出来合いのものの印象の方が強い父。
「お父さんの作ったものって初めて食べる」と言ったら、「お前、昔よく焼きそば食べてたじゃないか」って。
ああそうだ、小学校低学年の頃はピアノの帰りに父が迎えに来てくれたときは、お好み焼き屋に入って父が焼きそばをおごってくれた。
15年以上前のことですっかり忘れていた。
でも父のその言葉を聞いた時、そのお好み焼き屋の店構え、鉄板の黒ずみ具合、ソース入れのピッチャーなどの記憶が一度に蘇って自分でも驚いた。

205 :もぐもぐ名無しさん:02/08/17 23:44
父の作ったわすれられないもの

母が作った料理

兄弟が作ったお菓子

などそれぞれ微妙に雰囲気が違うね。

206 :もぐもぐ名無しさん:02/08/18 01:27
子供の頃は大嫌いだったのが信じられない

207 :もぐもぐ名無しさん:02/08/18 02:23
きゅうりの味噌汁とごはんのパパ定食
父親亡き今はいい思い出(?)だが、その時はつらかった。。

208 :コーヒー01:02/08/18 17:05
親父はコーヒーが好きだった。

酒造会社勤務の癖に、酒にはからきし弱くて、
ビールコップ一杯で真っ赤になっていた。
子供心に、なんで仕事続けていけるんだろう、と
不思議に想ったこともあった。

家ではいつも偉そうで、というか口ばっかりで、
メシといえば母が用意し、その母親がメシをまだ終わっても
いないのに、「コーヒー」と要求する。
決して暴力を振るうことはなかったが、口達者で自分では
全く動こうとしない親父をオレは嫌っていた。母さんばっかりに
させるなよ、自分でのみたきゃ自分で入れろよ、って。
(続く)

209 :コーヒー02:02/08/18 17:08
オレが小学生の時、母親だけが関西の実家に帰省したときが
あった。当然、メシはオレが弁当屋で買ったか、親父が買ってきて
食べたんだと思う。で、食後になって、コーヒーを飲みたいのだが、
入れる人がいない。ホントはオレは入れ方を知っていたが、
黙ってた。ぶつくさ文句を言いながら台所に立つ父。
自分で台所に立つなどほとんど見たことがなく。豆の場所も、
やっと探し当てたんだと思う。

で、お前も飲むかとオレの分を入れてくれた。
親父の入れたコーヒーは正直まずかった。素材が一緒なのに母が入れる
コーヒーとは全くの別物だった。ただ苦いだけというか。
母が普段入れるコーヒーでも(お茶もそうだが)、少しぬるかったり
すると、「馬のしょんべん」と評していた父。

で、不味かったもんで、翌日はオレが入れた。父よりも母になついていた
オレは、コーヒーの入れ方などもいつも見ていたし。親父は、オレのコーヒー
を飲みながら「コレ、コレやがな」と嬉しそうに飲んでくれた。
(続く)

210 :コーヒー03:02/08/18 17:09
もう親父と一緒にコーヒーなど飲めない。
いつも砂糖を少しとクリープ。クリープはマリ○ムや他のものではダメで、
こだわっていた。たばこも若い頃はヘビースモーカーだったが、中年に
なる頃やめていた。酒もだめ。唯一コーヒーをよく飲んでいた父が、
自分で作ると全くダメだった。

オレが大学を卒業するころに、やっと親父の偉大さを分かることができた。
世の中の親父たちもみんなしていることだが、家庭を築き、妻子を養う。
大変だったろうと思う。感謝している。

好きなコーヒーを自分で美味く入れられない親父。
もう一度、オレが入れてやるから一緒にコーヒーが飲みたい。
オレも酒弱いし。でももう3年前に死んじゃった。
お盆の時期だからか、昼寝してたら夢に出てきて、泣けた。

長文スマソ。終わり。


211 :もぐもぐ名無しさん:02/08/18 18:45
父が作ったお煮染め美味しかったなーーー。父が死んで15年以上立つけど、
未だにあの味は作れない。

212 :アンシャス ◆N3eQK/9Q :02/08/19 08:59
私のお父さんの作るミートスパゲッティは
美味しいんですの。他の者にまねのできない味ですわ。

213 :もぐもぐ名無しさん:02/08/19 21:14
おとうさんの作るカレーとかシチューとか、めっちゃ美味しい!
多分塩分とか脂肪分とか気にしないのがコツなのだろう。
でもお父さん、長生きしてね!

214 :もぐもぐ名無しさん:02/08/20 02:13
3年前に糖尿病で逝った食い道楽オヤジに免じて
age

215 :もぐもぐ名無しさん:02/08/20 04:10
ある真夜中、台所から強烈な異臭が漂ってきたので行ってみると
父がうどんと納豆を煮込んでいました。
うちの父はうどんが好きで、夜食によくうどんを作ってはひとりで
もそもそ食べてるんだけど、あれだけは忘れられない。
スゴイよ。臭いがスゴイよ。

216 :148:02/08/20 09:12
お父さん、帰ってこなかった・・・欝

217 :もぐもぐ名無しさん:02/08/21 12:20
彼氏が中学生だった頃の話。

ある日の夕食はお父さん手作りの大きなコロッケ。
お皿に山のように盛りつけてあったそう。
早速食べてみると、味が変。
中身を見ると、あんこタップリのおまんじゅうだったそうな。
そのほかにチョコレートやバナナもあったらしい。
2個中1個はそんなコロッケだったんだって。
ユニークなお父さんだと思った(w

218 :もぐもぐ名無しさん :02/08/21 14:26
>148
・・・・ま・・・まさか?

219 :もぐもぐ名無しさん:02/08/21 16:17
>>218>>148 のお父上?

220 :もぐもぐ名無しさん:02/08/21 16:24
UFOに湯を入れたままソースを入れて、「しまった..」と
言ったかと思ったら、その湯を捨てて、かわりにトンカツソース
を入れた父

けっこう美味かった

221 :もぐもぐ名無しさん:02/08/21 16:41
九州男児で男子厨房に入るべからずの
父が単身赴任生活でやむなく料理をする
ようになったのが信じられなかった。
赴任生活がようやく終るその引越しの
手伝いに母と行った時に作ってくれた
本人自慢のチキンスープは、最初で最後
の父の手作り料理だろうな。美味しくて
おかわりした。東京に戻った今では夢の
ような出来事でした。



222 :もぐもぐ名無しさん:02/08/21 21:34
超良スレだ・・。
2ちゃんねる一年生だけど 初めてネットで泣いた。
愛してるぜ 親父! むかつくけど。

223 :もぐもぐ名無しさん:02/08/22 03:37
いいスレだね。食べ物板ってageでこんなにいいスレが育つんだね。
まだお父さんいるけど、もう仕事で疲れて寝ちゃってる。
ずっとネットばっかりやってるヒッキーな私をどう思ってるのかな。

私も寝よう。

224 :148:02/08/22 10:04
>218 >219
お父さん、携帯電話の使い方もしらないのに、
いつのまにネットできるようになったの?(w

225 :もぐもぐ名無しさん:02/08/23 15:50
現在進行形だからスレ違い??かも。スマソ。
摂食障害のわたし。5年前に発症して、3年間両親には内緒にしてた。
母親の作った料理を内緒で全部吐いたり捨てたりしていた。
2年前に両親に病気のことを打ち明けて、
父親には「お母さんがせっかく作った料理を吐いていたのか」と殴られた。
本当につらい時期で、殴られたときは怒りと情けなさでぼろぼろ泣いたけど、
その夜めったに(というか初めてだった)料理をしない父親が
こんにゃくとキノコの炒め物を作ってくれた。
まったく油を使わなかったらしく、妙に水っぽいだけで味付けはなし。
発症のきっかけが両親に「妹はグラマーだけど姉(私)はでぶ」
と言われたことだったので、カロリーに気をつかったらしい。
素材の味を生かしたその料理はすっげーまずかったけど、全部食べた。
後で母親に「お父さんがあんたの集めたダイエット本を見てなんかしてた」と言われた。

あれから体面だけ気にすると思ってた父親が一緒に精神科に行ってくれた。
今でも怪しい低カロリー料理を作ってくれる。
まだ病気は完治とは行かないまでも、吐くことは少なくなった。
ありがとうお父さん。
そのうちみんなでちゃんと味のついたご飯を食べようね。


226 :もぐもぐ名無しさん:02/08/23 16:10

http://www6.keepstill.com/0_holds_barred/images/gallery/food-eatdick/03/food-eatdick_0313.JPG


227 :もぐもぐ名無しさん:02/08/23 17:41
↑ dick = penis  226はメール欄に自分で書いてる通りアホ

228 :もぐもぐ名無しさん:02/08/23 18:48
母親の躾が悪い

229 :もぐもぐ名無しさん:02/08/23 18:54
>>226

よく出来てるな。これ。つーか、これは226の持ち物?

230 :もぐもぐ名無しさん:02/08/24 01:01
おとうさん。

231 :もぐもぐ名無しさん:02/08/26 00:41
パパはいつも週末になると早起きして朝ご飯作ってた。
色んなメニューがあったけど、いつも何故かバターを油代わりに使ってた。
バター好きだったみたい。夜になるとカレー作ったりして。
マルシンハンバーグが好きでよく焼いてたっけ。
ママはパパの料理あまり好きそうじゃなかったけど私は好きだったよ。
土日はパパがカリカリしてないから、私もホっとしてた。
もう離れ離れになっちゃって一緒にご飯なんて
食べられないけど、またいつか朝マック食べた後にプレステでもやりたいな。
ハァ・・・・・パパとママが元通りになればいいのに。

232 :もぐもぐ名無しさん:02/09/03 12:13
あげ?

233 :もぐもぐ名無しさん:02/09/05 09:43
いいスレなのであげ

234 :もぐもぐ名無しさん:02/09/05 12:50
去年亡くなった父。
昔は喫茶店でバイトしてたらしく、
私たちが小さい頃手際よくサンドイッチなどを作ってくれた。
私が中学生くらいになって父との会話が少なくなってきたある夜中。
階下でひとり深夜番組を見ていたとき、父がトイレに降りてきた。
まだ起きてる私に向かって「ホットミルク飲むか?」といって作ってくれた。
思春期になって父との会話が全くなくなっていたが、この時はたわいもないことをテレビ見ながら話したな。
父がいなくなった今、もっと父とのかかわりを大切にしておけばよかったと切実に思う。
「孝行したいときに親は無し」
全くそのとおりである。
いまは、残された母を大切にしたいと思っている。



235 :もぐもぐ名無しさん:02/09/05 14:10
232 :もぐもぐ名無しさん :02/09/03 12:13
あげ?

233 :もぐもぐ名無しさん :02/09/05 09:43
いいスレなのであげ

232 :もぐもぐ名無しさん :02/09/03 12:13
あげ?

233 :もぐもぐ名無しさん :02/09/05 09:43
いいスレなのであげ

232 :もぐもぐ名無しさん :02/09/03 12:13
あげ?

233 :もぐもぐ名無しさん :02/09/05 09:43
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232 :もぐもぐ名無しさん :02/09/03 12:13
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233 :もぐもぐ名無しさん :02/09/05 09:43
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232 :もぐもぐ名無しさん :02/09/03 12:13
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233 :もぐもぐ名無しさん :02/09/05 09:43
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232 :もぐもぐ名無しさん :02/09/03 12:13
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236 :もぐもぐ名無しさん:02/09/05 14:11
232 :もぐもぐ名無しさん :02/09/03 12:13
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232 :もぐもぐ名無しさん :02/09/03 12:13
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232 :もぐもぐ名無しさん :02/09/03 12:13
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233 :もぐもぐ名無しさん :02/09/05 09:43
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232 :もぐもぐ名無しさん :02/09/03 12:13
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238 :もぐもぐ名無しさん:02/09/05 14:13
232 :もぐもぐ名無しさん :02/09/03 12:13
あげ?

233 :もぐもぐ名無しさん :02/09/05 09:43
いいスレなのであげ

232 :もぐもぐ名無しさん :02/09/03 12:13
あげ?

233 :もぐもぐ名無しさん :02/09/05 09:43
いいスレなのであげ

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233 :もぐもぐ名無しさん :02/09/05 09:43
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232 :もぐもぐ名無しさん :02/09/03 12:13
あげ?

239 :もぐもぐ名無し:02/09/07 08:44
 1章から読ませていただきました。とてもとても感動しています(;_q))クスン

 私の父は、昔ラーメン屋さんで働いていたそうで、中華がとてもおいしいんです。
よく作ってくれたのがチャーハンで、「おいしい!」というと「だろ?」と、得意げに笑うんです。
小学生のころはよくぶたれて泣いたりしましたが(我儘三昧だったもので・・・)
二人でよくレンタルビデオやさんに行って、家で映画を見るのが大好きでした。
父との思い出は数あれど、実家にいた頃、私が自分の彼氏にバレンタインデーのお菓子を作っていたときがあって、
(ついでに)父と祖父にもあまったものを(一応)包装してあげました。その時彼氏には
ケーキとクッキーをあげる予定だったのですが、ケーキがカチコチになってしまい、
とりあえずしあげたものの、すごくまずくて「誰も食べないだろうなー」と思い台所の
隅においたままにして出かけました。するとケーキが半分ないので母に「これたべたの?!」
と聞くと「ああ、お父さんがうまいって食べてたよ」といわれ。なんだか悪いなあと思ってしまいました。
もしかしたら、自分のために作ったと思ってたのかな?それとも、彼氏への失敗作って気づいてたのかな?

 いつもありがとうおとうさん。これからいっぱい親孝行するね。

240 :もぐもぐ名無しさん:02/09/17 21:57
ageage。
いい話聞かせてください

241 :もぐもぐ名無しさん:02/09/17 22:15
232 :もぐもぐ名無しさん :02/09/03 12:13
あげ?

233 :もぐもぐ名無しさん :02/09/05 09:43
いいスレなのであげ

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233 :もぐもぐ名無しさん :02/09/05 09:43
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232 :もぐもぐ名無しさん :02/09/03 12:13
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245 :もぐもぐ名無しさん:02/09/18 17:51
あらしですか?↑

246 :もぐもぐ名無しさん:02/09/18 18:18
245 名前:もぐもぐ名無しさん :02/09/18 17:51
あらしですか?↑

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247 :もぐもぐ名無しさん:02/09/18 18:19
245 名前:もぐもぐ名無しさん :02/09/18 17:51
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248 :もぐもぐ名無しさん:02/09/18 20:00
いい仕事はいい道具

249 :もぐもぐ名無しさん:02/09/18 20:30
普通の味噌汁に氷を浮かべた間違った冷や汁作ってくれたけど誰も食べなかった

250 :もぐもぐ名無しさん:02/09/18 21:03
かなり色々な材料を入れ溶け込むまで煮込んだカレーとそれに添えたサラダ(ドレッシング手作り)とりあえず双方何が材料として使われてるかわからない。美味しいがかなり時間がかかるのが難点。

251 :もぐもぐ名無しさん:02/09/18 23:45
今日おとうさんにひどいこと言ってしまったかもしれない

252 :もぐもぐ名無しさん:02/09/19 03:01
みなさん感動的だが、うちの親父は料理好きで
(゚д゚)ウマーなものから(゚Д゚)マズーなものまで
しょっちゅう作るのでありがたみが薄い。

石油ストーブがあった頃、朝から大鍋で仕込みストーブの上で一日中煮て
(゚д゚)ウマーな汁粉やシチューをよく作っていたが、
ある日それを楽しみに学校から帰ってきたら、
弟や従兄が友人を大挙して連れてきてて全部食われてたことがあった。
しいていえばそれが忘れられない。

253 :もぐもぐ名無しさん:02/09/19 07:31
子供の頃は大嫌いだったのが信じられない


254 :もぐもぐ名無しさん:02/09/19 08:50
なめくじ入りの味噌汁
(具にしたキャベツについてたらしい)

当たった姉が泣いてた覚えが。

255 :もぐもぐ名無しさん:02/09/19 09:47
目玉焼きがごはんにのっかった、父がいうところの「卵丼」

256 :もぐもぐ名無しさん:02/09/19 09:50
>>255
確かに卵丼だよねw
ユーモラスなお父さんですな

257 :もぐもぐ名無しさん:02/09/19 10:37
油でぎとぎとのチャーハン。なぜかインゲンを入れるカレー。
ほんっとにまずかった。
なのに残そうとすると、食い物を無駄にするなと怒鳴られた。
今なら材料を無駄にした父にそっくりそのまま言い返してやるのに。

258 :もぐもぐ名無しさん:02/09/20 01:07
このスレを読んでいたら、朝まだ誰も起きてないときに
こっそり起きてぶつ切りのキャベツの味噌汁作って、
卵かけご飯を二杯一人で食べていた父がとてもかわいく思えました。
まだ生きてますけど…。
でも父が作った料理を味が薄いだの濃いだの文句を言うのはやめようと
思いました。

259 :もぐもぐ名無しさん:02/09/20 05:21

なんか私も悪いような気がしてきた。
ごめんね、文句ばっかいって。

260 :もぐもぐ名無しさん:02/09/20 22:12
>>130です。ひさびさに来ました。
また前スレから読んでしまいました。涙腺がこわれますた。
>>258
言える時には言ったほうがいいよ。
漏れみたいに後悔するなよ

261 :もぐもぐ名無しさん:02/09/24 13:29
揚げ

262 :もぐもぐ名無しさん:02/09/26 05:12

 おれが小学生の時、事故で両親が死んだ。
 その後親戚中をタライ回しにされた。
 おれが「高校入学を機に1人暮らしを始めたいです」と言うと、親戚のヤツは
 「好きにしろ。」と二つ返事で文字通りおれを放り出した。
 金も貰った。300万。おれの家を売ったし貯金とかもっとあるはずだが、おれは
 なにも言わずにそこを飛び出した。なによりその場所が耐えられなかった。
 
 そして1人で暮らし始めた。

 そして高校2年の時に知り合った友達の家に初めて遊びに行った時。
 時間が遅くなって晩ご飯をごちそうになることになった。
 友達の家は、親父さん、お母さん、友達、弟の4人家族だった。
 おれを入れて5人の食卓には、ごはん、味噌汁、にくじゃが、あとよく判らない
 煮魚みたいなものが並んだ。
 おれは「うまい!うまい!」と連発して食べた。
 友達「そうか〜?こんなん普通だよ?」
 おれ「なに言っとるんだ、こんなん毎日食べれるなんて羨ましいて!」
 おれ「炊きたてゴハンなんてすっげーゼイタクだて!」
 それを聞いていたお母さんが「○○くん、いつもどんなもの食べてるの?」と
 聞いてきた。
 
 

263 :262の続き:02/09/26 05:12
おれは「いつもバイト先でまかない食ってます。あと家だとおにぎりとかパン
 とか、ラーメンとかです」と答えた。
 お母さん「・・・お母さんはいらっしゃらないの?」
 おれ「あ、おれ両親いないんすよ。昔事故で・・・。ハハッ。(笑)」
 なるべく気を使わせないようにサラッと言ったつもりだった。
 ところがお母さんはいきなりおれの手を両手で握ってきた。
 おれがビックリしてると、涙目で「○○くん、困ったことがあったら
 うちに来るのよ」って言った。
 なんだか分からないけど、おれも泣けてきた。
 家族なんて欲しいと思ってなかったけど、その友達が本当に羨ましかった。
 この時のめしの味が今でも忘れられない。

 それからもそいつの家にはバイトの休みの日にゴハンを食べさしてもらいに
 行った。いつもタダメシじゃ悪いから、一度お金を持っていったら、逆に
 怒られた。「子供が余計な気を使わなくてもいい」って。でもうれしかった。

 スレ違いスマソ。

264 :もぐもぐ名無しさん:02/09/26 09:06
カレー粉から作ってくれたカレー…昔風だよ。凄く旨かった!

265 ::02/09/30 18:03
保守

266 ::02/10/04 12:06
保守

267 ::02/10/07 13:52
保守

268 :もぐもぐ名無しさん:02/10/08 03:39
父が、作った「すいとん」は美味しかったな〜。
拳くらいの大きさのすいとんだったけど。。。
途中でお腹いっぱいになる(^^;)...なつかしー。

あと、おでんも。。。切るのが面倒なのか具がデカイ!!
コンニャク半分、ちくわぶも半分。具はほとんど、半分にしか切らない...(--;)



269 :もぐもぐ名無しさん:02/10/08 07:49
九州男児で男子厨房に入るべからずの

270 :gorua ◆6kCIloveUU :02/10/10 21:48
このスレで泣きますた。
FLASH板で「父さんのおもひで」というお題が出たので、
part1の>>1さんのお話でFlash作らせていただきました。
イメージを勝手に変えたもの作っちゃってすみまそん。
http://www.nurs.or.jp/~gorua/flash/4_650.html

271 :もぐもぐ名無しさん:02/10/11 11:51
スレ違いなのだが
うちは親父が893で女遊びも酷く、父の浮気発覚で離婚したらしい。
俺が3,4歳の頃だろうか。親父の記憶は全く無いし、顔も名前すら知らない。
 そんな経緯で母子家庭なのだが、母も仕事で忙しく俺は小さい頃から祖母に育ててもらった。
いつもばあちゃんは、「ひもじいか?」と言い、卵と醤油だけの炒飯を作ってくれた。
それが絶妙な味で、俺も一端の料理人なのだが、何度挑戦してもあの味は出せないでいる。

毎日一緒にいたばあちゃんも、小4の頃に糖尿病で他界した。
人前で泣くのがかなり恥ずかしい年頃なのに、葬儀中に大声で泣いた。

高校の時に、母とばあちゃんの思い出話になった。

「ばあちゃんね、料理なんか全然しなかったんだよ」

「でもね、お前にご飯食べさせる為に」

「不器用だからたったひとつしかレパートリーなかったけど、ご飯作ってくれたんだよ」


たしかに今思えば、ばあちゃんの作る炒飯は美味いとは言い切れない。
だが俺の思い出の中では、未だに追いつけない味なんだよな。

まさに、料理は愛情ってヤツだ。

ばあちゃんに、俺の炒飯食べさせてやりたかった。
駄文長文スマソ

272 :もぐもぐ名無しさん:02/10/11 12:24
>270
切ない感じが(・∀・)イイ! グローブオニギリ・・・

273 :もぐもぐ名無しさん:02/10/11 13:28
ここ読んでると泣ける

幼い頃、あたしや弟が喜んで食べるようにって
父が、魚肉ソーセージで手・足作って卵焼きにくっつけたの作ってくれた
の思い出して泣けた。『ロボットタマゴ』とか言ってた

料理なんて全然しないのに。
お父さん不器用なんだ。甘えた記憶がない。
きらいだったし。愛情伝わりずらいから。
家も出ちゃった。
今も甘えられないや。お父さん大好きって言ってみたいなぁ



274 :もぐもぐ名無しさん:02/10/11 21:28
>>270
じーんとしますた・・・・

(ジャングルジムの上・・)

275 :もぐもぐ名無しさん:02/10/13 00:52
今日始めて最初のスレからずっと読んでたんだけど
めちゃくちゃ泣けるね・・・
スレ違いにだろうけど、俺も書かせてもらうよ

俺の父さんはなんか脳の血管が破裂する病気で倒れたんだ
よりによって中1の時の俺の誕生日の次の日に・・・
まぁ命は助かったんだけど頭の手術をしたからちょっと変になったんだよね
それから俺は父さんをずっとうざい存在として扱って来た
なんか餓鬼みたいになった父さんを見るのも辛かったんだ・・・
でもさ大学入って一人暮らしするとやっぱ寂しいんだよね
なんか昔の倒れる前の父さんはアウトドアとか好きな人で
夏休みの度にキャンプ行ったりしたりしてて、その頃の思い出とか思い出すんだ
反対に倒れた後の父さんにきつい事言ったりして、泣かしたりした時の事も思い出す
で、こんなんじゃダメだなと思い泣けてくる・・・

ごめん、なんかまとめるの無理だからこの辺で終るよ

でもこのスレとか読んで俺は父さんが生きてるだけましだから
今のうちに孝行しないと出来なくなってからでは遅いなって気づいたよ

276 :もぐもぐ名無しさん:02/10/13 15:54
俺もスレ違いだけど・・・

今年の一月、何気なくカップラーメン作ったんだよ。
そしたら親父が「いいにおいだなぁ。俺にも作ってくれ」って言ったんだけど
面倒くさいから「自分で作れよ」って言った。結局親父は作らなかった。
珍しくそんなこと言ったから覚えていた。
そして数日後親父は朝早くおきてゴルフに行った。
ゴルフは朝早いから誰にも気づかれずに、誰とも会話せずにね。
昼ごろ電話がなったんだよ。母ちゃんが出た。
母ちゃんの声が一瞬で変わった。
父ちゃんが危篤だって電話だった。
病院行くともう、変わり果てた親父がいたよ。
色んな機械取り付けられて、俺の声にも反応しない。
結局そんな状態を3日続けて逝った。
あとから聞くとゴルフですごいスコアを出して優勝したんだと。
セミプロなみのスコアだったんだと。
60の親父がものすごいスコア出したんだと。
でもな、それで逝っちゃうなんて俺からしてみたらもう
バカかと、アフォかと、厨房かと。

このスレみてカップラーメン、仏壇にそなえようと思った。

>>275
色々辛い事もあるだろうけど、親父さんを大事に・・・


277 :スリムななし(仮)さん:02/10/13 17:28
うちの父は小さい頃に父親(私から見たらおじいちゃん)を亡くしていて、
さらに祖父もいなかったために男親からの愛っていうのを知らずに育ちました。
かなりの旧家なので、母親は家を盛りたてるために必死だったそうで、
実際母親の料理を食べた覚えは無く、完璧なおばあちゃん子だったと聞きました。
そんな微妙な家庭に生きてきた父は、母と出会い子供が生まれた時にかなり狼狽したと聞きます。
私には姉と兄がおりますが、あっけらかんとした典型的バカな姉に対し、兄は極度に父親を怖がりました。
父は暴力や暴言はなかったものの、何を話したらいいか、どう接したらいいのかが分からなかったようです。
その後私が生まれたのですが、私が生まれて父親はかなり変わったそうです。
慣れというのもあったのでしょうが、何があってもエヘヘと笑っている私を見て
父親は急激に父親としての威厳を得て、優しく、厳しく、楽しい父親になりました。


で、ここから本題なのですが、中学校の時に私がとあるすごい賞を貰い、大きな表彰状をいただきました。
普通の表彰状用の額では入らない程の大きさだったのですが、父に見せるとかなり喜び、
額縁を買ってきたものの案の定入りませんでした。
翌日父親は表彰状を切り、額縁ピッタリにして収めていました。もちろん私は泣き叫びました。

高校生になって友達を家に連れてきたとき、昼ご飯を父が作ってくれるというのでお願いしました。
すると野菜たっぷりの袋ラーメンを作り始め、オッと気付いて「賞味期限きれてる!まぁ食べられる。」と
私と友達の前で満足げでした。引きつる友達。
賞味期限切れでしたが、おいしかったです。(友達も食べてくれました。)


お父さん風邪ひいたって言ってたナァ・・・大丈夫かなぁ

278 :もぐもぐ名無しさん:02/10/14 16:06
父に作ってもらった忘れられないもの、それは竹の横笛。
(神楽とかで吹く笛ね)

地域の神楽で笛を吹いてた父の持っていた笛は黒い漆塗りのきれいな物で、
いいなーいいなーと言ってたらある日車で竹林に連れてかれ、
丁度いい竹を見繕ってその日のうちに作ってしまった!
釣りざおも、家の中の棚も、なんでも作れる父を尊敬してます。

でも繰り返した引越しのなかでどこかに行っちゃったよ、あの笛。
出てきてくれないかなあ。

279 :278:02/10/14 16:08
しまった!ここって食べ物板だったのね。
「泣ける2ちゃん」から飛んだのでわかりませんですた、ごめんなさい。

食べ物関連だと、炊事がまったくできない父がこないだ実家に帰った時は
自分でお茶を淹れ、しかも私にまで注いでくれたのがびっくりでした。
美味しかったよ、お父さん。

280 :もぐもぐ名無しさん:02/10/14 16:11
  _、_
(  _ノ` ) 息子よ・・・・

281 :もぐもぐ名無しさん:02/10/14 22:28
>278-279
ま、ちょっとしたスレ違い位はキニシナイ!

ウチのおとんも料理できない人だから、ここに書くネタは無いけどね…

282 :もぐもぐ名無しさん:02/10/17 15:45
ティファールじゃない焦げ付くフライパンを使って、みじん切りにした
ピーマンとソーセージをウスターソースで炒めてくれた。もちろんコゲる。
一度「おいしくない。」って言ったらショック受けてたな〜
今はコゲててもまた食べたいって思うけど。

283 :もぐもぐ名無しさん:02/10/17 16:37
皆、父ちゃんがいて、いいね。うちの父はワシが3歳、
本人30で死んだので、何も思い出がない。

284 :もぐもぐ名無しさん:02/10/17 16:47
在日コリアンの来歴
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/6199/zainiti_raireki.htm




285 :もぐもぐ名無しさん:02/10/17 18:56
>283
ある意味「自分自身」が父ちゃんの作ってくれたものだから。
大事にしろよ。

286 :もぐもぐ名無しさん:02/10/17 20:28
父ちゃん最後期の作品。
改修をくり返して現在に至る。

287 :もぐもぐ名無しさん:02/10/18 13:18
夏休みで実家に帰ってた時、母が旅行で10日程留守にしました。当時私は
大学生でした。実は母はすごいヒステリー、ちょっとしたことでもすぐ怒るので、
私と父はいつもびくびくしてたのですが、10日留守になるというので、喜ん
でました。私はあまり料理できないので、父が、「洗濯はしてくれ。飯はわし
が作る」と言いました。父は脂っこいものが好きなので、魚肉ソーセージ入り
の卵焼きとかポテトサラダが主でしたが、なんせ母がいないので、マターリ
10日間の生活はそれは楽しかったです。最後の日はレストランに連れて行っ
てくれました。母は、帰って来た時、私たちがあまり寂しそうにしてなかった
ので、むっとしてたようですが。

父は食べるのが好きで、魚をさばくのも上手なので、定年後は料理を習いに行く
と言ってます。


288 :もぐもぐ名無しさん:02/10/18 13:21
>>283
うちも亡くなってるけど、思い出と言えばケンカ・暴力、
WWF?のリングのような我が家だよ。テレビのチャンネルを取り合って
一家の果し合い。人様に話せるような思い出はない。
それでも今はさみしく感じるから不思議なんだけどね。

289 :もぐもぐ名無しさん:02/10/18 22:28
そう言えば、昨日、親父が不帰の客になって8年目になるんだよなぁ。
漏れんとこも、壮絶なバトルを繰り返してたけどな。
こっちが大きくなって、容易に親父の一撃を食い止められるようになったのが、
少し悲しかったよ。

関係ないのでsage。

290 :もぐもぐ名無しさん:02/10/20 14:01
おれのばあちゃんあと1週間でがんで死ぬっていわれました。
おれは留学してるので最後をみることができません。
ばあちゃんはおんな社長で性格もきつかったし肝座ったひとでした。
そのせいで小さいときはこらいでした。
いつからか年のせいで性格がやわらかくなってだいすきなばあちゃんにかわりました。
いろんなとこに行ったしばあちゃんを尊敬してるし俺のために一生働いてくれたばあちゃんは
もうすぐすべてを引退します。妹の結婚と俺の成功を見て死ぬと言ってたのを思い出すと泣けてきます。
本人は死の宣告を受けてるのをしりません。もう今はしゃべれない状態になったそうです。
いい孫であったとおもうけどもっと心配かけないでちゃんと有名な学校にいって自慢できるような孫になりたかったなあ。
贅沢はするなって言ってけちだったばあちゃんがこのまえ3万円の最後になるだろうこずかいと車代300万くれました。
もうすぐ最後と自分でもわかってたのかな?



291 :もぐもぐ名無しさん:02/10/23 16:12
保守

292 :もぐもぐ名無しさん:02/10/28 23:26
ホッシュホッシュホッシュ

293 :遠いあの日の名無し:02/10/29 00:51
なんか「今はなき人の思い出の話」になってますな。別スレ誰か立てて下さい。
今は亡き婆ちゃんの思い出の一品は、みそ焼きおにぎり。作ってくれた場面が今でも記憶の中に……

294 :もぐもぐ名無しさん:02/10/29 00:54
愛人


295 :もぐもぐ名無しさん:02/10/29 00:59
はまぐりのお吸い物。
炊きたてご飯のでっかいオカカおにぎり。
生たらこの煮物。
どれも超うま。料亭の板前だからね。

296 :もぐもぐ名無しさん:02/10/29 01:05
父の作った忘れられないもの…全部かな。
ちょっとでも残すと(風邪ぎみで食欲無くても)
殴られたり、外に締め出されたりしたから。
ご飯食べる時恐くて恐くてたまらなかった。

297 :もぐもぐ名無しさん:02/10/30 14:35
こんにゃくのピーナッツバター和え。
小学校の時、姉の受験で母と姉が上京してる間、父の
創作料理に毎日付き合わされ、精神的にボロボロになった。
当時の日記を見ると父と食べ物の事しか書いてないw


298 :もぐもぐ名無しさん:02/10/30 18:09
父に食事を作ってもらった記憶はほとんどないけど、
山歩きが好きな父とよく山に行ってた私は、山菜とりの
帰りに野いちご摘んで食べたり、盆暮れに海のそばにある山に
榊(うちは神道なので)をとりに行ったとき海の岩場に
くっついてる岩ガキを食べたりしたのがいい思い出です。

カニの剥き方やシャコの食べ方を教えてくれたのも父だし
(なので人前でカニやシャコを食べるときにはあまりにキレイに
剥くので感心される)、山菜の種類を教えてくれたのも父です。
作ってもらった事はなくても食べ物に関する思い出が結構あるので
父に感謝してます。

あ、一度父親が「トン足はうまいんだぞー」とかいって買ってきて
茹でてくれた時、初めて食べた私は「おいしいおいしい」と
父と一緒になってかぶりついてたら、
「年頃の娘が豚の足にかぶりついてるなんてなんだか情けない」
と母親に引かれたなぁ・・・。
それ以来、うちの食卓にトン足が登場することはなくなった w

299 :もぐもぐ名無しさん:02/11/06 09:13
下がり過ぎなので上げます。

300 :もぐもぐ名無しさん:02/11/10 07:04
石油ストーブがあった頃、朝から大鍋で仕込みストーブの上で一日中煮て
(゚д゚)ウマーな汁粉やシチューをよく作っていたが、
ある日それを楽しみに学校から帰ってきたら、
弟や従兄が友人を大挙して連れてきてて全部食われてたことがあった。
しいていえばそれが忘れられない

301 :もぐもぐ名無しさん:02/11/10 09:36
子供の頃は大嫌いだったのが信じられない



302 :もぐもぐ名無しさん:02/11/10 14:33
なぜかインゲンを入れるカレー

303 :もぐもぐ名無しさん:02/11/10 23:52
自分が中華粥を作ろうとしていて、某中華の素を入れたら、
どうにもならない金属っぽい味がして食えない代物になった。
途方にくれていると父ちゃんが「そういう時はこうするんだ。」
と、自家製梅干と刻み葱をぶっこんだ。あっという間に美味い
粥になって驚いた。
「父ちゃんすげー。」と、驚いている自分に平然と
「(某中華の素が)化学調味料いっぱい入ってたみたいだな。」
かっこよく笑っていた。

あんとき純粋に父を尊敬してた自分が、正月にすら実家に帰るのを
嫌がるようになってしまった。
本来、酒でも飲んでと言いたいとこだけど、それをするには…
自分が就職決まらんで落ち込んでる時にニタニタ笑いながら
「おまえが面白いと話してた趣味なんて役に立たんじゃろ。」
と、小馬鹿にされたこと(結果的にはそれに興味を持っていた
ことからお声がかかった)、弟となにかにつけて差別され、
抗議すると「そんなの恥ずかしいことじゃないだろう!」
(あんたは当事者じゃなかったから恥ずかしくもないわな)
惨めな思い出の方が多すぎる。

なんでこんなになっちゃったんだろう。


304 :もぐもぐ名無しさん:02/11/11 00:00
母が入院中に一度だけ作った「たまねぎのみそ汁」。
初体験ですっごいマズかった。
社会人になって結構よくある具だと知った。

でも「たまねぎみそ汁」嫌いだ。

305 :もぐもぐ名無しさん:02/11/15 20:27
やっべー泣きそう…。こんなスレあったとは。
小学生の時死んだ父親の事思いだしたわ。
ミートソーススパゲティを、凄い得意そうに作ってくれて
実際美味しくて、オヤジすげーって思ってたよ。
でも、大人になってから気がついたんだけど
それって缶詰あけて暖めるだけのソースじゃんお父さん…。
生きてたら絶対ツッコんだんだけど、かなしーなー。

オヤジ生きてる人、邪魔くさく思える時もあるだろうけど
大事にしてやってくれな。

306 :もぐもぐ名無しさん:02/11/16 00:00
母親が交通事故で入院してた時分、親父が料理してたなー……
先日の余り物(煮込みカツだったか)を暖めなおしてる時、親父の悲鳴
が聞こえて。
何事かと思えば鍋からせり出すほど巨大な白い餅のような物体。とりあ
えず火を止めると、しおしおと縮む。
唖然として、それから二人して笑った。

この日、はんぺんという代物は煮るとふくらむのだと知った。

親父は相も変わらず元気です。そして変な物を変な風に食べてます。

307 :もぐもぐ名無しさん:02/11/16 15:01
>305
缶詰+愛情。

308 :もぐもぐ名無しさん:02/11/16 15:35
http://kanaharap.tripod.co.jp/coco.html
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309 :もぐもぐ名無しさん:02/11/16 17:25
言える時には言ったほうがいいよ

310 :おお:02/11/16 19:16
http://www.geocities.co.jp/AnimeComic-Brush/1135/owarai_image/okosama/01.jpg

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